愛な君がここにいる

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学校に戻って担任に佐藤祭の住所を教えてくれと頼み込んだが、担任は退学した人の情報は教えられない、その一点張りで全く教えてくれなかった。困った俺は文化祭の時に交換した佐藤祭の電話番号を初めてタップした。 クラスの人間からの電話なんてもう出ないか。 5回メッセージの録音を案内されて、もう諦めるしかないか、そう思い始めた6回目。 「はい、」 記憶よりも少し低めの祭の声が聞こえた。 祭に会って話したいと言うと夜に学校の裏でなら会えると言われた。 そうして今に至る。 夕日の余韻が残った赤紫色の空は徐々に夜の準備を始めている。雪はいつの間にかやんで、どこかの家の晩御飯の香りが風に乗って漂ってきた。 祭は学校にいた時と何ら変わりなかった。 「来てくれてありがとう」 俺の言葉が空気に溶ける。 「いや、吉岡と会えて良かった」 祭は微笑んでそう言った。 どう話し出したらいいか迷い、明日の天気とか取り留めのないことを話そうとして、ふとやめる。街頭に照らされた祭の横顔を見て、そんな遠回りは必要が無い気がした。 「祭」 「ん?」 「祭はAIなの?」 街灯がちかちかと光る。 祭の瞳の中の光が揺らめく。 「おれは、AIだよ」 祭は俺を真っ直ぐ見つめながら言った。 俺が何を思っているのかを探し出そうとしているようだった。 「そっか」 俺の言葉に祭が目を柔らかく細める。 「驚かないんだね」 「驚かない。俺、祭がAIなんじゃないかって結構前から気づいてた」 えぇっ!? 目を見開いて声をあげた祭は心底驚いたようで言葉を失っている。まさか自分が驚く側になるなんて思っても無かっただろう。 「でも」 続けた言葉に祭がぱっと俺を見る。 「でも祭がAIだからって何も変わんないから。 祭がAIでもお前はやっぱり良い奴だし、 俺は佐藤祭が好きだよ」 お前優しいし、困ってるやつほっとかないし、良い奴すぎて頼み事断れないし、たまにはパシッと断れよとも思うけどな そう続けると祭はぎゅっと自分のコートを握りしめ、顔をマフラーに埋めるように俯いた。 「おい、どうしたんだよ」 かけた言葉に祭のくもぐった声が聞こえる。 AIじゃなかったらな そう聞こえた気がした。 AIじゃなかったらってどういう。 尋ねようとした時、祭が言った。 「おれは、感情のあるAIなんだ」 どこか遠くを見つめて祭は話し続ける。 「気づいたら生まれてた。ちゃんと感情もあったし、当たり前に自分は人間なんだと思ってた。 でもある日俺が親だと思っていた人たちに、お前はAIでこれから最終調査に向かうんだ、ってそう言われた」 祭は諦めの滲んだ声で笑った。 「ふざけてるよな、だっていきなりお前はAIだなんて冗談にしか思えないでしょ」 祭は自分を人間だと思っていたのか。 初めて知った事実に驚き、胸が痛む。 祭がどれだけ苦悩し傷ついたかを諦めた笑いが物語っていた。 「その最終調査が人間と同じように学校生活を送ることだった。中学生から始まったんだけど、正直その時はまだ自分がAIだって信じてなかったんだ。でも、」 祭がなんて続けるか、分かった。 「やっぱりおれはAIだった。毎日クラスで過ごすほど、みんなと仲良くなるほど、違いに気づいた。自分で考えて絵を描くのが苦手なこと、泣けないこと、テストで100点取る事なんて勉強しなくても当たり前に出来ること、とかね」 学級日誌の自由欄に絵を描くことを頼まれた時、静かにため息をついていた祭の姿が蘇る。 「自分はAIなんだ、って完全に認めてから高校生になった。高校生活は自由だしみんないいやつだしすごく楽しくて、楽しければ楽しいほど自分もみんなと同じ人間なんじゃないか、って錯覚しそうになった」 祭の刺されたように震える声が響く。 「まつり」 耐えきれず呼んだ俺の声にうん、と祭は小さく答える。 「そうやってなんかとか毎日過ごしてきて、でも吉岡も知ってると思うけどあのニュースが報じられた」 人型AIが秘密裏に運用される危険への警戒が述べられたあの論文のニュースだ。 「実はあのニュースのこと事前に知ってたんだ。想像していたよりも大きくマスコミで報道されそうだっていう情報が研究者たちのもとに入ってきて、すぐにおれへの対応を考え始めた」 「でも、祭が退学したのって」 「そう、それであえて"佐藤祭は人型AI"っていう書き込みをSNSにする事になった。そうすればみんなおれを警戒して避けるようになるだろう、しかもそれが理由で退学したやつのことなんて忘れようとするだろうし、まさかAIだとも思わないだろうって研究者たちの考えで」 だからクラスのみんなは悪くないんだよ、 そう祭は続けた。 「なんだそれ!!」 「吉岡?」 大きい声を出した俺を祭が目を丸くして心配する。 「どいつもこいつも祭を傷つけすぎだろ! AIでも人間でも佐藤祭は佐藤祭じゃないのか? 佐藤祭が良いヤツでクラスメイトで友達なんだからそれ以外何もいらないだろ! 人間もAIも色んなこと考えて一生懸命生きてるんだ、誰だって大切な人を大切にすべきだろ!」 祭が目を丸くしてポカーンとしていた。 「…ごめん、お前に言っても困るよな」 祭が今日一番明るく笑った。 思い切り笑うだけ笑ってしばらく経って収まってからさっきよりも光が差した瞳で俺を見た。 「吉岡は優しいな」 「お前に言われたくない」 もうすっかり夜は更けている。 会った時にはちらほらとしか見えなかった星は今見上げる限り一面に輝いていた。 「吉岡、そろそろ帰ろう」 「そうだな」 祭とくだらないことを好きなように好きなだけ語って、終わりの始まりを言ったのは祭だった。 二人とも座っていた石垣から立ち上がる。 「今日は呼んでくれてありがとう」 「こっちこそ鬼電に応えてくれてありがとう」 ほんとに凄い回数かけてきたよね、そう言って祭は笑う。別れたくなかった。別れたら二度と会えない気がして言葉に迷った。 「祭」 「ん?」 「これ」 右手首につけていたミサンガを引きちぎる。 何してんの!と慌てたようにおれの手を引き止めた祭にミサンガを握らせる。 「お前に持ってて欲しい。ミサンガって切れた時に願いごと叶うらしいから今切った」 「いやそれ力ずくで切った時ってありなの?」 苦笑しながら祭は手の中のミサンガを見つめる。 「きっと叶う。 だから俺の願いごと一つ聞いてて」 「なに?」 「祭にこれからもずっと居て欲しい」 少し間をおいて祭は静かに語り出した。 「"祭"って名前は人型AIの発展を願ってつけられたんだ。人間の歴史と情熱が詰まった祭っていう行事をいつかAIが本当の意味で理解出来るように、って」 「うん」 「こんな名前くそくらえって思ってきた人生だったけど、吉岡と会えて、悪くないかもしれないなって思えたよ」 祭の瞳の奥にいる祭と目が合う。 「だからありがとう」 祭が歩き出す。俺と反対の方向に向かって。 「まつり!俺またいつか絶対お前に会ってみせるから!」 かけた言葉に祭は振り返ってミサンガを持った右手を振りながら言う。 「またな!」 クラスの誰よりも優しい背中はしばらくして曲がり角に消えた。 次の日の朝、スマホを見ると佐藤祭のアカウントが全部消えていた。もう祭と連絡を取る手段は何も残されていない。 だけど俺は確かに覚えていた。 ミサンガを握った祭が 「またな!」 そう言ったこと。 きっとどこかの未来で会えるのだ。 AIが人間にとってどんなものになっていても、 人間に取って代わる存在になっていたとしても。 今度会った時は一緒に祭りに行こう。 そんなことを考えながら学校の準備を始めようと立ち上がった。今日もまた、一日が始まる。
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