1. OMENS OF LOVE

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1. OMENS OF LOVE

 その人は、まるで風景に溶け込んでいるようだった。  新潟県妙高(みょうこう)市、斐太(ひだ)歴史の里。この時期、ここにあるカタクリの群生地では、膨大な数の小さな花に地面が覆われる。  薄紫色に染まったその世界の中で、彼女はただ、肩を震わせていた。  150センチメートルほどの身長。体型はどちらかと言えばスリムで、肩まで届くストレートの黒髪。後姿だけど、間違いない。  森下(もりした) 芹奈(せりな)。僕が密かに思いを寄せている、女子学生。  彼女が風景の一部のように見えたのは、彼女が今纏っているのがマゼンタのジャージだから、というだけでは決してない。  前々から思っていた。彼女は何かの花に似ている、と。だけど、何の花なのかはずっと思い出せなかった。それが今、僕の中で稲光に照らされたかのように明らかになったのだ。  カタクリだった。小さくて、可憐で、慎ましやかで……そして、美しい。  僕はカタクリの花が好きだった。そのイメージを、無意識に森下さんに重ね合わせていたのだ。しかし……実際にカタクリの花が咲き誇る中に、彼女がここまで違和感なく溶け込むとは思わなかった。
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