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祝言
翌日
集落の者を呼んで、簡素な祝言を上げて、与ひょうとつうは、晴れて夫婦となった。
つうは、ほんとうにお嬢様育ちのようで、何も出来なかった。
「旦那様、申し訳ございません。」
「私はずっとひとりだったからやらざるを得なかったから、できるのだ。
少しづつ覚えていけば良い。」
火のおこし方から、飯の炊き方、
何もかも、与ひょうが教えた。
つうは物覚えが良く、教えれば直ぐに出来るようになった。竹細工には特に興味を惹かれたようで、細く割いて、湯に浸し柔らかくすること、更に乾燥させたり、いぶしたりと、材料になるまでも手間がかかることに驚くと共に
自分でも編んでみたいと意欲的に挑戦していた。
雪が溶けるまでは、外に出ることもままならないので、毎日ふたりで家の中で出来る手仕事をして過ごしていた。
ただ、ふたりで居るだけで楽しく幸せで、慎ましい暮らしも何も苦にはならなかった。
やがて雪が溶け、春になり、与ひょうとつうは、庄屋様の屋敷に挨拶に出向いた。
表の門から入ろうとするつうを、「わしらは、表からなど入ってはいかん。裏の勝手口からだ。」
そして、家人に「里山でお世話になった与ひょうと申します。乳母やさんは、おいででしょうか?」
「そこで、待っておれ。」
「直接旦那様に取り次ぎはお願い出来ない。いつも、乳母やさんを呼んでもらうんだ。」
「左様でございますか。」
「与ひょう、良く来た。嫁御をもらったそうだの。良かった、良かった。」
「つう、と申します。
旦那様がお世話になっております。」
「そなたが、与ひょうの嫁御なのか。なんと、お嬢様に良く似ていること…
与ひょう、良い嫁御をもらって良かったのう。旦那様にもお伝えしておきます。
つうさん、村に来た時は、また、寄って下さい。」
「これから、お嬢様の墓を参ってから帰るつもりです。」
「そうか。いつも、ありがとう。」
「では、失礼いたします。」
屋敷を出ると
「つう、少し寄りたいところがある。」と言って、店が集まっている所に向かった。
そして、ある店に入り、品物を眺め始めた。
「旦那様、何をお探しですか?」
「これは、どうかな?」
「かんざし?私にですか?勿体ないです。」
「良いのだ。
以前、庄屋様から、嫁御をもらう時に使いなさいと、お嬢様のお世話をした礼をいただいた。嫁など来るはずもないともしもの時のために取って置いたのだ。
これでいいか?別のがいいか?」
「これが、良いです。」
「では、これは私からつうへの贈り物だ。」
「ありがとうございます。嬉しゅうございます。」
「それでは、後はお嬢様のお墓に参って、帰ろう。お嬢様は桔梗がお好きだったのだが、まだ、桔梗は早いな。
途中で花畑があったら、何か摘んでいこう。」
「はい。」
お嬢様の墓に、つうとふたりで参った。
線香を手向け、手を合わせた。
「お嬢様、与ひょうです。
お蔭様で、嫁をもらう事が出来ました。つうと申します。
今日は、何もお供えできる花がありませんでしたが、また、桔梗が咲いたら参ります。」
「お嬢様、つうと申します。」
つうは、それだけ言うと、なぜか、
はらはらと涙を零した。
「どうした、つう。」
「何でもございません。気になさらないで。」
「それでは、暗くならぬうちに帰ろう。
今日も良い天気だ。あぁ、月がもう満月に近いな。今宵は、夕餉が済んだら月を眺めよう。きっと綺麗だ。」
「旦那様は、月がお好きですね。
よく、眺めてお出でになる。」
「お嬢様が亡くなって、すぐおとうも死んで私ひとりになった時、生きる気力を無くしかけたことがあるんだ。
その時、何度もお嬢様が泣いている夢を見た。それで、私がお嬢様を泣かせていると気が付いて、また、生きることが出来るようになった。
綺麗な月を見ると、お嬢様の無邪気な笑顔に見えるのだ。私が一生懸命働けば、いつもお嬢様は笑顔で居て下さる。それを励みに生きてきた。
それだけでも幸せだったが、今はつうが側に居るから、もっと幸せだ。」
「私も、旦那様のお側に居られて幸せです。
でも、こんなに大切にしていただいているのに、ややこが出来ず、申し訳ありません。」
「その様なことは、気に掛けるな。
雪山で身体を酷く痛めたのだ。
時が来れば、そのうちややこは、出来る。大丈夫だ。」
「はい。」
与ひょうは、つうの肩を優しく抱いた。
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