月が泣いている

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月が泣いている

その晩、夢を見た。 泣き声が聞こえて、誰だろうと考えた。 なぜか、顔が見えない。 なぜ、泣いてるんだ、 と聞いても何も答えなかった。 その時、ぶるっと震えて目が覚めた。 お酒が切れて、囲炉裏の火も消えていた。 寒くて目覚めたのだ。 何日か、粥も食べずに酒だけ吞んでいたから、腹も減っていた。 もう、死んでも構わないと思ってたのに、 腹は減るんだな、 寒いと震えるんだなとおかしかった。 どうやら、生きる気力を失っても、 身体は生きたがっているようだった。 仕方がないので、火を起こして薪をくべた。釜の中を見たら、粥が残っていた。 起こした火でそれを温めて食べることにした。 粥を食べながら考えた。 さっきの夢はなんだったんだろう? 誰かが泣いていた。 顔は見えなかったが、 知っている人の様な気がした。 何の為に生きるのかわからないまま、 まだ、取りあえず生きてはいる。 これから、どうする? 与ひょうは、屈強な身体だった。 だから、よく働いたし、動いた。 それが山で生きていくためには 当たり前だったし、 何も不思議はなかった。 別段目的もなかったが、よく考えれば、 その当たり前の行動は、幸せに成りたかったからなのだと、分かった。 お嬢様の笑顔が好きだった。 笑顔を見ているだけで幸せだった。 お嬢様の笑顔のために、 道の石を歩きやすいように並べたり、 竹細工の竹を用意したり、 家の中を掃除したり、 やることがいっぱいあった。 お嬢様を山や川に連れて行くには、 自分も腹が減っては動けない。 だから、米を買うために竹細工を作り、 猟をして獣を捕まえ、その肉を食べたり 皮を売れるように加工して売りに行った。 それは、おとうのためであり、 自分の為であり、 なにより、お嬢様の笑顔の為だった。 それを全てなくした。 今は、ただ生きるために仕方なく食べ動いている。 死ぬのも面倒だから生きている。 空腹や寒さに耐えるのが嫌だから、 仕方なく生きている。 仕方なくやっていると、 何も楽しくなく、ただ面倒だった。 そうしてだらだらと日が過ぎて、 また前の、近所に住む者が金を借りに来た。 もう、薬がなく、まだ治らないという。 残りの金を渡し 「もう、貸す金もないぞ。 それで、仕舞いだ。」と言った。 「分かった。春になったら返す」 と同じ事を言って帰っていった。 米びつを見ると、米はもうそれほど残っていなかった。 お嬢様とおとうが死んでから、 竹細工も作らず、何もしていなかったから、売り物もなかった。 薪もそろそろ尽きかけている。 ああ、いよいよ餓えて、凍えて死ぬのかな、まぁ、それでも構わんと思って せんべい布団に包まって寝た。 また、同じ夢を見た。 泣いている、誰かが。 でも、今度は分かった。 お嬢様が泣いていた。 どうして泣いていらっしゃるのです? いつも笑っていたのに、 どうして泣くのですか? 私は、与ひょうに会いたくて、 ずっと月を毎日見ていました。 でも、与ひょうは、見てくれない。 私に会いたくないのね。 それが、哀しいの。 与ひょうの、良く動く不思議な手が好きだったのに、何も造らなくなった。 誰かが困っていたら、 頼まれなくても助けてたのに、 知らん顔で何もしなくなった。 そんなの、私の知ってる、 私が好きだった与ひょうじゃない。 私の与ひょうは、もういない。 だから、哀しくて泣いてるの。 そこで、はっと目が覚めた。 月が泣いている。 お嬢様が泣いていたのだ。 さっきお金を貸す時、何と言った! もう、金はそれで仕舞いだから、 それで足らなければ、娘でも売るんだなと言ったんだ! なんて、酷いことを! だから、お嬢様は泣いていたのだ。 申し訳ございませんでした。 与ひょうは、心を入れ替えて、 もう二度とお嬢様を泣かせるようなことはいたしません。 その夜から、残りの竹を細く割いて、 竹細工を編み始めた。 明日は、竹を切り、食べられる物を探しに行こう。
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