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美しい鶴
梅仕事の季節、暑い夏、やがて実りの秋を迎え、相変わらず与ひょうは、毎日忙しく働いていた。
お嬢様のお好きな木の実の季節になって、山へ行ってたくさんの木の実を取った。
形の良い物を駕籠に詰めて、庄屋様のお屋敷にお届けし、残った物は村で売り歩いた。
砂糖があれば、長く保たせられるが、砂糖は貴重品なので、保存するには干し柿にするぐらいだ。
庄屋様のお屋敷に木の実をお届けした帰り道、鶴の群れが飛んでいるのが見えた。
北の地から、冬を越すために飛んできたのだろう。だが、与ひょうが住んでいる辺りはそれほど温かくはなく、
真冬には雪も多いので、ここで鶴が越冬するのを見たことはなかった。
おそらく、さらに南に向かう途中で、
ここでしばし羽根を休めているのだろうと思った。
良く眺めていると、中に一羽とても
美しい鶴がいた。
まるでお嬢様のようだと思った。
翌日も、畑仕事や山での仕事の帰りに
鶴の群れを見た。そこで腰掛けて、
しばらくあの美しい鶴を見ていた。
もう少ししたら、さらに南に行ってしまうのだろう。今のうちに、よく見ておこうと思った。
しかし、翌日も更にその翌日も、
群れがだんだん少なくなっても、
まだその美しい鶴は、飛び立つことなくそこにいた。
仕事の帰りにその鶴を眺めることが楽しみになっていたが、与ひょうは、次第に心配になってきた。
早く南に向かわなければ、ここでは越冬出来まい。なぜ、あの鶴は行かないのだろう?
怪我をしているのだろうか?
病気になって弱っているのだろうか?
いつまでも見ていたい想いと、早く飛び立って温かい場所へ行って欲しい気持ちが交錯していた。
やがて、皆飛び去ってしまい、その鶴一羽だけが残ってしまった。
長い距離を飛ぶには、群れをなして飛ばねば、一羽では飛べないのに…。
あの鶴はどうするのだろう?
家に戻っても、あの鶴のことが気にかかるが、与ひょうには、どうしようもなかった。
数日後、雪が降り始めた。
あの鶴の姿はなく、やっと飛び立ったのだろうか、無事に辿り着けば良いがと与ひょうは、思った。
その日の夕方近く、雪がだんだん激しく降ってきた。
これは、積もるなと思いながら、
外に出られなくなっても困らぬように
薪を家の中に運び込んだり、隙間風が入らぬようにしっかり窓を閉めたりして、大雪に備えた。
外仕事は切り上げ、竹細工をするために、竹を細く割く作業を始めた。
ふと、外からなにか音が聞こえた。
この雪の中、誰かが来るわけもなく、
なんだろうと扉を開けて外へ出てみると、野ウサギでもかかればと仕掛けてあった罠に、あの鶴が足を取られてもがいていた。
「なぜお前はここにいるのだ。
飛び立ったのではなかったのか。
可愛そうに。今、罠を外してやる。」
与ひょうが鶴の足を罠から外してやった。だが、飛び立たない。
怪我をしているのか?
「家の中で見てやるから暴れるな。」
与ひょうは、慎重に鶴を抱きかかえて
家の中に連れて入った。
よく見ると、やはり足と羽根に傷を負っているようだった。
「人間の薬だから効くか分からんが、塗ってやるから、大人しくしておれ。」
鶴は暴れることもなく、大人しく与ひょうに身を任せていた。
「これで、良くなればええが。
お前は何を食べるんじゃろう?
粥という訳にもいかんし、困ったのう。」
何でも知っている与ひょうも、さすがに鶴の生態までは分からなかった。
だが、そういえば、刈り取った後の田んぼで、鶴が何やらつついて食べているのを思い出した。
虫を食べてるのかもしれんが、ひょっとして籾を食べてるのかもしれない。
保存用に籾のままで買った物を持ち出して、甕に水を入れ浮かべてみた。
すると、水を飲んでいるのか、籾を食べるか分からなかったが、くちばしを入れて動かしている。
水だけでも飲まないよりは良かろうと、次は寝床を作り始めた。
どうやって寝るのか分からなかったが、取りあえず土間の隅に藁を厚く敷いてみた。
甕を覗くと、水を飲み、籾も食べたようだった。甕の水を足して、もう少し籾も浮かべて置いた。
「少しは食べられたか?
寝床がこれでいいか分からんが、
足をケガしておるようだから、立っては寝れまい。横にしてみるから、辛かったら教えてくれ。」
そう言って鶴を抱きかかえ、藁の寝床に横たえさせた。
暴れるわけでもないので、大丈夫なのかもしれない。
「じゃあ、おらはもう寝る。
甕の中に水と籾も浮かべてあるから、自分で欲しかったら食べてええからな。
お前は、ほんに美しいな。
お嬢様のようだ。元気になるとええな。じゃ、お休み。」
与ひょうは、寝床に入ると、直ぐに寝入った。雪が降ってしんと静かな夜だった。
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