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つう
翌朝
与ひょうが目を覚ますと、鶴がいなくなっていた。
戸を自分で開けられるはずもないのに、
何処へ行ったのだろう。
あれは、夢だったのか?
だが、藁の寝床と水の入った甕がそこにある。水が減って、籾もなくなっていた。
ということは、夢ではない。
なのに、鶴は何処へ消えてしまったのだろうか。
訳が分からないが、考えても仕方がない。藁の寝床と甕を片付け、顔を洗い
朝の食事の支度を始めた。
雪はまだ降っている様だが、風の音はしない。
粥を温め、夏の間に漬けておいた野菜を切っておかずにした。
いただきますと手を合わせ食べ始めた。
粥を食べていると、外から声が聞こえた。
「与ひょうさ~ん。手伝ってくれ!
人が倒れてる!」
驚いて、外に出た。
膝程まである雪をかき分けながら行くと、近所の男が女を介抱しているようだった。
「どうした?」
「家の戸を開けたら、何かいるように見えたから、近づいて見たら、人じゃった。
おらひとりでは運べんし、うちは、狭いし年寄りも子どももおるし。
与ひょうさんとこは、おとっつあんが寝てた部屋が空いてるだろ?
すまんが、面倒見てやってくれんか。このままでは、凍え死んでしまう。」
「分かった。
おらが背負うから、手伝ってくれ。
後は、おらで出来るから、朝仕事があるんだろ。」
「すまねえな。」
女を家まで背負ってきて、取りあえず
温かい囲炉裏の側に横たわらせた。
雪の上で倒れていたからか、
死んだように冷たくなっている。
急いで、おとうが寝ていた部屋に布団を敷いて、寝かせた。
よく見ると、若い女だった。
娘と言って良い歳に見えた。
なぜ雪の上に倒れていたのか…
ともかく、身体を温めてやらなければ。
しかし、どうやって…
着物のまま湯につけるわけにもいかぬ。
気を失っているから、囲炉裏の火で温めることも出来ない。
躊躇ったあげく、布団の中に入って娘を抱きかかえるようにして温めた。
こんなに冷えて可愛そうに。
手など氷のようじゃ。
こんな、若い美しい娘が夜中に山道を登ってきたのだろうか?
まるで、昨夜の鶴のようだ。
与ひょうの温もりが娘に伝わったのか、
少しづつ体温を感じるようになったので、死んではいなかったようだ。
良かった。生きている。
それで安堵したからなのか、娘を抱きかかえたまま、いつの間にか、うとうとと与ひょうは寝入ってしまった。
もぞもぞと動く感じがして、ハッと目が覚めた。慌てて布団から出た与ひょうは、
「驚かせてすまん。何もしておらぬ。
身体が冷え切って凍えていたから、
温めていただけだ。
まだ、起きてはならん。
今、白湯と温かい粥を持ってくる。」
小さな盆の上に白湯と粥を入れた椀を乗せて運んできた。
「起きられるか?」
「はい。」
「まず、白湯を飲むと良い。
私は与ひょう。この山に住んでいる。
なぜ、あのような所で倒れていたのだ。」
「はい。私は、つう、と申します。
親類の家に行く途中で道を間違えたようでございます。
雪が降ってきて、どこか、家がないか探していて、灯りが見えてホッとしたのか、
それから記憶がございません。」
「そうだったのか。
知らぬ土地で雪に降られ心細かったであろうに。粥も、冷めぬうちに食べよ。漬物もある。」
「助けていただいた上に、この様に親切にしていただき、ありがとうございます。いただきます。」
キチンと手を合わせてから、粥を食べる様を見て、育ちの良さを感じた。
「昨日のような雪の日に、なぜ旅をしていたのだ。」
「はい。昨日までに親類の家に行く約束になっておりましたので。」
「しかし、その身体では、まだしばらくの間、寒さの中行くのは無理ではないのか。また、行き倒れてしまうぞ。
失礼だが、何をしに親類の家に行くのだ?」
「親がお金を借りておりまして、
奉公に行く事になっておりました。
ですが、奉公と言うのは表向きで、
たぶん、私は、売られることになっていたのだと思います。」
「なんと、売られに自ら雪の中を旅していたというのか。」
「仕方がございません。借金のかたですから。でも、もう日限を過ぎてしまったので、行かなくても良いのです。」
「では、身体が良くなって、
春になったら家へ帰れば良い。」
「もう、両親はなくなり、家もございません。だから、親類の家に行くしかなかったのです。
お願いでございます。この家に置いてはいただけないでしょうか。
下働きでも何でもいたします。
売られていくよりは、せめて助けていただいたご恩を返しとうございます。」娘は伏して言った。
「どうぞ、お手を上げてください。
御覧のとおり、私は独り身で、冬場は竹細工を作る位しか出来ない、雪の深い山です。
狭い家ですし、下働きしていただくような仕事はありません。それに、あなた様は、何かご事情があって、ご両親もお家もなくされたようですが、お育ちが良くて、下働きをするような方ではないように思うのですが。
もし、働く所をお探しなのなら、ここの庄屋様は慈悲深い方ですので、お屋敷であなたに相応しい形で使ってくださると思います。」
「私がお側に居てはご迷惑なのですね。」
「そうではありません。
私には、お慕いする方がおりました。私がお慕いするなど分不相応な方なのですが、密かにお慕いしておりました。
あなたは、その方にとても良く似ておいでです。その美しい面差しも、品のある立ち居振る舞いも。お優しいところも。
ですから、私の様な者の側に居てはいけません。もっと、相応しい方がいるはずです。」
「その方は、与ひょう様がお慕いされていた方は、嫁がれたのですか?」
「亡くなられました。
元々お身体が弱く、丈夫になるようにと、
山の麓の里に預けられていたのです。
その時に、お嬢様がお怪我などされぬようにお守りするのが私の役目でした。
お丈夫になり、婚礼のためにお屋敷に戻られたのですが、許婚に隠し女がいることが分かり破談となりました。
そのご心労のためか、床に伏され
山に帰りたいと仰りながら亡くなられたそうです。
知らせを聞いて、私は、夜道を走りましたが、間に合いませんでした。
ですから、お嬢様に良く似ておいでのあなたを私の側に置くなど、もったいないことなのです。
それに、ここは雪深く、冬場は作物は取れず、猟もままなりません。
病気になっても、薬師もおりません。集落の者同士が助け合ってやっと暮らしてゆけるような所です。この様なところで苦労されるより、村に下りられた方が、良いと思います。」
娘は、はらはらと涙を零して、
「楽をしたいと思っておりません。
ただ、与ひょうさまに、助けていただいたご恩を返したいだけなのです。
亡くなられたお嬢様も、山に帰りたいと仰っておられたのですよね。
私は、お嬢様のお気持ちが分かります。
与ひょうさまは、見ず知らずの行き倒れていた私を、御自分の温もりで温めて下さいました。凍えていた私を優しく受け入れて下さいました。
女房にしてくれなどとは、申しません。
ただ、お側に居させて下さい。
もう、余所には行きたくありません。
自分の食べ物ぐらいは、自分で何とかいたします。ご迷惑は、掛けません。」
「先ほども申しました。
ここは雪深く、作物も取れません。
自分で何とかすると仰いますが、
どの様にされるおつもりですか?」
「それは…」また娘ははらはらと涙を零した。
「どうせ売られる身だったのだから、
身体を売って、と考えているのですか?
そんなことをさせて、私が平気でいられると思うのですか?」
「申し訳ありません。
私が間違っておりました。
でも、お側に居たいのです。
どうしたら、私を追い出さず置いて下さるのですか?」
「私は独り身です。こんな所に好き好んで来る嫁などいないと、諦めておりました。
女房になって下さるのなら、
喜んでお迎えいたします。
苦労が多いでしょう。
それでも、この、与ひょうの嫁御になってくださるのですか?」
「はい、女房にして下さるのならば、
どんな苦労も厭いません。」
「つう、明日集落の者を呼んで祝言をあげよう。
雪が溶けて春になったら、庄屋様の所にご挨拶に参ろう。
つう。今からお前は私の女房だよ。」
「はい、旦那様。」
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