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「ご馳走様でした。」
「口には合いましたか?」
「うん。美味しかった。ありがとう。」
俺は紅林に礼をいうと、リビングのソファーに寝転んだ。
「ああ、書けねぇ。」
俺は頭を抱えながら唸った。
原稿の締切は明後日。
今日書けなかったら、本気でやばい。
連日、徹夜しても間に合わないかもしれない。
けれど、文字が全く降ってこない。
「仕事、進んでないんですか?」
洗い物を終えた紅林が、食後のコーヒーを持ってリビングへ来た。
「ん、全く。」
「どうして?」
「想像しても絵が浮かばない。」
俺は答えた。
「なるほど。それなら、実際に体験してみるのはどうです?」
「ん?」
「例えば、公近さんの小説の1場面にありますよね。〝僕は君の頬に触れ、そっと口付けした〟」
すると、紅林は俺を起き上がらせて、そっと頬に触れた。
「ええ……ちょっと、待て!確かに俺が書いたけど、なんでそれを俺と紅林くんが再現するんだ?え、そもそも俺、男とした事ないし、そのなんていうか……」
「大丈夫。書けないなら、僕が書けるようにしてあげます。」
「いや、だからそれとこれとは話が別で、」
「公近さんの小説は全部読みました。そして、確信したんです。あなたが童貞だって。」
「んん…/」
「やっぱり。だから、想像では限界がくる。僕が公近さんの想像を再現してあげます。そうすれば、あなたは書ける。」
紅林の言葉に俺の気持ちは揺らいだ。
彼の言う通り、俺はちゃんとした恋愛をしたことが無い。
小説の性描写は、長年の知識と妄想で書いている。
それなのに、リアルと言われてしまって正直戸惑っていた。
「ほんとに、書けるのか?」
「僕を信じますか?」
俺には時間が無い。
やれることは全てやる。
やっと勝ち取った連載のために。
俺は紅林を見つめて頷いた。
「公近さん、僕が今から与える快感をそのまま言葉で表してください。」
俺は緊張のあまり目を閉じた。
紅林の息がかかる。
そして、ゆっくり唇と唇が重なった。
男の唇もこんなに柔らかいのか。
次の瞬間、何か初めての感触に口の中が支配された。
気持ちいいような、くすぐったいような。
「んんっ//」
「公近さん、もっと舌を絡めてください。」
「し、した!?」
「はい。」
これは小説のためだ。
俺は紅林に言われた通りに舌を絡めた。
「んんっ、待った!」
俺は紅林を両手で押しのけた。
「どうかしました?」
「書けるかも。」
「良かったです。」
「コーヒーありがとう。」
「後で、夜食もお持ちしますね。」
俺は急いで自室に戻り、感情が鮮明なうちに原稿を書き進めた。
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