序章 私という人間

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 そんな私、有田李海(ありたりみ)は地元福岡の飲料メーカー「黒山田ホールディングス」に勤めて2年目になる24歳。営業部に配属され、今は新しく今年の夏に発売する緑茶を色んな小売店に宣伝しているところだ。福岡でも屈指のお茶の名産地、八女の新茶をふんだんに使用した極上の一品になっている。新商品の発売にあたって、「なんとしてでもヒットさせてやるぞ」と会社全体で息巻いていて、昼間はいつになくせわしない。  というのも、この八女の新茶を使った新商品のお茶は、社長の肝いり案件とのこと。社長の友達が八女に茶畑を持っていて、そこで新たに栽培している茶葉が、近くの研究施設との共同研究の末栽培されたこだわりの強いものだという。「社長が力を入れている」、「研究」という二つの強いワードを聞かされたらそれはもう皆躍起にならざるを得ない。いわゆる「そういう空気」が社内中で日中漂っている。  私はどうもこのピリピリした雰囲気は子供の頃から苦手で仕方ない。気が張っている空気が人間に与える影響というのは不思議と伝染するもので、自分が比較的落ち着いている状態でも、せわしなくしている人を見ると、何かしなければならないことを忘れているのではないかと、ソワソワしてしまう。こう言うと、皆は大体「気にしいなんだね」とか「気を配れる人なんだね」とか返してくれる。集団生活をしている以上、そりゃ周りに気を配りながら生きていかないといけないんだから当たり前でしょとも思うけど、この言葉には「度が過ぎているよ」という裏が隠されているんだろうなと捉えている。  私は大学を卒業して社会人になって2年経つけど、普段から連絡を取るような友達や恋人はいない。だから会社で普段感じている辛さを誰かに話して発散することが出来ない。自分自身で噛み砕いて解決する他、術がないのだ。  ただ裏を返せば、家に帰れば「一人の自由な時間を過ごすことが出来る」という特性を持っていることになる。私はこれを利用して日々ストレスを発散している。誰からも干渉されない至福なこの時間の為に、毎日生きていると言っても過言ではない。  ただ、私はその至福の時間に何をやっているかと言われれば、特別に何かやっている訳ではない。ベッドに横になってスマホでSNSをチェックしたり好きな曲をサブスクで聴いていたりしているだけだ。だからあまりテレビは見ない。いつのタイミングからかは忘れてしまったけど、朝の情報番組ぐらいしかテレビを付ける機会がなくなってしまった。折角あるテレビがただのインテリアになってしまっている。それこそ朝の情報番組で、若者のテレビ離れが最近進んでいるという特集を目にしたことがある。テレビがなくても自分のスマホのアプリを通して同じ内容の番組が見られるし、リアルタイムで速報値で楽しむ要素以外は、片手に収まってしまう。その特集を見ている時私もその一員だと思って釘付けになっていたのを思い出した。こういう現状を思うと、スマホというのは良い意味で恐ろしく影響力が大きく、世の中を動かした、いや現在進行形で動かしているんだと身を持って感じる
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