序章 私という人間

3/4
前へ
/45ページ
次へ
 ちなみに私がベッドで横になっている時、考えていることは特にない。SNSも見ていて大抵は「無」だし、惰性で「いいね」を押している時もある。曲もオススメで組まれた流行りの曲中心のプレイリストを流し聴きしているだけだ。ただただボーっとした生産性の全くない時間を過ごしている。一部の人からは「実に勿体ない、何も分かってないな、人生の貴重な時間の無駄遣い」と反感を抱かれるだろう程のダラダラ具合だと思う。  でも私はそれでも構わない。私にとってはこの敢えて「何もしない、何も考えない」ことがストレスの解放を意味している。日中あの戦場を生き抜いているからこそこのデトックスは生活における必須要素なのだ。    そんな「無」な私が、珍しくこの前SNSで気になる記事を見つけた。とある連続殺人事件についての記事だ。それはどうやら私の住むこの街、しかも結構近所で頻発していた。被害者は揃って所謂夜の街の関係者やそこに遊びに来ていた会社役員ばかり。年齢や性別に統一性はないとのこと。ただ、殺害方法は全て鋭利な刃物による刺殺だった。これまで殺された5人には何度も刺された跡があったらしい。警察の見解によると、犯人には被害者が亡くなっても尚刺し続けている強い殺意を持つ点から、被害者たちに恨みを持つ人物が犯人と考えられるとしている。  夜の街に恨みに持っている人ということか。だとしたら、かつてそこで働いていて何らかのトラブルを起こしていた人とか、お店でぼったくられたお客さんとかだろうか。何度も刺すってよっぽどだよね。というか、この1年で5人も殺されているのか。    おまけに、その犯人は現場に証拠を一切残さず、財布の中のお札を全て抜き取っているという。警察は金銭目的の連続的な犯行も視野に入れて捜査しているらしい。バラバラに起きている事件が連続的に見える可能性があるのに、「連続している」と警察が断定しているのは、一切証拠を残さない犯人が残す唯一の手掛かりにあるという。    犯人は必ず被害者の血を使って『V』という文字を残すという。殺された5人の遺体の傍らに共通して書かれていたことから、同一犯の仕業と決めたようだ。一体何の意味を示すのか、SNSではその考察合戦なんかがされている。犯人のイニシャルが『V』(それだとかなり限られてくるんじゃ?まず日本人の可能性は低い)とか、殺せて嬉しい所謂ピース・Vサインの意味(子供じみていると思う)とか、そもそもこれはアルファベットじゃなくギリシャ文字の「5」を表していて名前に「五」の付く人(今までで一番そんな感じっぽい)とか。でもあらゆる考察の中で沸いたのは、『Venus』の頭文字という説。何となくシリアルキラーっぽいと取り上げられ、以来この事件の犯人はSNS上で『女神』と呼ばれ話題になっていた。  女神に対する意見は千差万別だ。「お金の為に人を殺すなんて非道だ」、「殺して得た金で生活して何が楽しいんだよ」、「怖いから早く捕まって欲しい」といった批判的であったり解決を望んだりする意見がある一方で、「平和ボケした日本人へ危機感を持たせる救世主」、「薄汚い人間を成敗するとか必殺仕事人かよ笑」といった称賛するかのような意見もあった。 こんな意見たちが乱立する中で、当の私はどう思っているのかというと・・。「へぇ~そんなことが起きているんだ~」 こんな感じである。この言葉に気持ちは一切乗っていない。自分の住む街で起きている事件だから若干気になるだけで、怖さがゼロと言えば噓になるが、自分が巻き込まれる可能性は低いと見た。被害者像とはかけ離れているし、そもそも夜の街へと赴かない。離れたポジションにいる時点で自分が当事者になることはまずないでしょう。だからこの意見考察合戦の中に参入するのは正直面倒くさいし、そもそも事件なんだから警察が何とかしてくれる話。いちいち反応していては疲れるだけ。そう、なるべく疲れたくない。わざわざストレスになるような分野へ向かう必要なんかない。これが私のモットー。犯人が逃げ切れようが捕まろうが知ったこっちゃない。警察に任せますよ。
/45ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加