第壱話 尊敬出来る上司と尊敬出来ない上司

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第壱話 尊敬出来る上司と尊敬出来ない上司

 福岡の初夏は寒暖の差が激しく、朝は比較的15度前後と涼しいのに、昼は30度を超え暑くなる。そして夜になるとまた涼しくなるので、服装のチョイスが難しい。実に朝と夜でダブルスコアの気温差だが、平均体温が高めの私はこの時期にはもう半袖の出番を迎える。ただ、まだ会社がクールビズではないので、上着は着ていかなければならない。当然シャツも長袖になる。日差し次第では袖を捲らないといけない。ただ、実際外に出てみないと分からないところがある。  今日は日差しが強めだ。袖を捲り日焼け止めをしっかりと塗って、上着は腕に抱えて出社した。私の家から会社までは西鉄電車と西鉄バスを乗り継がないといけない。丁度通勤・通学ラッシュの西鉄電車・西鉄バスは、人混みの苦手な私にとっては地獄だ。高校生の頃から約9年間ラッシュというものを経験しているが、全然慣れる気配はない。というか、ラッシュを何とも思わない人っているのかな。そんな強者がいるのなら会ってみたい。  私の家の最寄り駅の西鉄の駅は各駅停車の電車しか停まらない小さな駅だ。それでも意外と乗降者は多くて、駅の近くの交差点では人だかりが出来る。その中の一人として今日も駅のホームへと向かう。改札で会社から支給されたニモカカードを機械にかざすと、残金が1000円を切った。そう言えば昨日会社からニモカチャージ代として口座に振込があったっけ。帰りに忘れずに引き出してチャージしないと帰れなくなる。覚えておかないと。  ホームへ向かうと丁度電車がやってくるところだった。待ち時間実質ゼロで地獄へ乗り込む。まあ20分程度の辛抱だ。つり革を必死に掴む。軈て乗り換えの駅に着いて急ぎ目に降りた。やっぱりラッシュには慣れない。その足でいつものバス停へ向かった。  福岡の不思議なところは、電車には列が出来るのにバスには列が出来ない。生粋の福岡育ちの私も言われるまで全然気付かなくて、それが普通だと思っていた。そう言えばバスに乗る時に並んだ記憶がないなと。他県から来た人にとってはその光景があり得ないらしい。なんで並ばないんだと言われても、確固たる理由を言える人は恐らくいない。  ただ、私は人混みが苦手なので、いつもそんなわちゃわちゃした集団から少し離れた位置からバスに乗る。始発から乗る訳じゃない且つ順番的に最後の方に乗るから当然座れる席はなく、毎回立ちで乗り切らなければならない。いつも乗るバス停から会社までは15分程。人混みには慣れないのに、この「立ちっぱなしの状況」にはすっかり慣れた。どうやら自分の中で「通勤時は立ちっぱなし」という刷り込みがこの2年で完了したようだ。  慣れた要因として、音楽を聴いているというのもあると思う。音楽を聴いているとこのラッシュの時間も短く感じるような気がする。基本的にはお任せプレイリストを流しているけど、昔からよく聴いている『SILENT SIREN』は必ず通勤時には聴くようにしている。3人組のガールズバンドで、全国ツアーの福岡公演があった際にはよく観に行っていた。ゴリゴリのロックな演奏から楽しいライブ映えな楽曲とジャンルが幅広くて、MCでのメンバー同士の自由なやり取りは観ていてほっこりする。音楽にあまり興味や関心を感じない私が昔から聴いている数少ないアーティストの一組だ。最近は『サイレン』と『Delay』を良く聴いている。どちらも歌詞とメロディがすっと入って来て聴いていて心地良いし、グッとくるものがある。  軈て会社の最寄りの停留所に着いた。バスを降りながらワイヤレスイヤホンを外す。私はちゃんとケースを持ち歩いているタイプ。ポケットやポーチに乱雑に入れずにケースにしっかりとしまう。意外とこういうところはきっちりとしている。そしてニモカにチャージをするのを忘れないようスマホでリマインダーをセットした。さっき降りる時に確認したら残金が400円程になっていた。このままでは家まで帰れない。絶対に忘れる訳にはいかない。  そして暫く歩くと会社の看板が見えてきた。ビルのテナントの4階に入って いるのが私の勤めている『黒山田ホールディングス』。正直このビルを見るだけで憂鬱な気分になる。無駄におしゃれな外見をしやがって。今日もまた来てしまったんだね。でも来ないと後々もっと面倒くさいし、生活が成り立たなくなるんだよね。気は進まないけど4階に上がらないといけない。
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