第壱話 尊敬出来る上司と尊敬出来ない上司

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 「おはようございます」  私の挨拶の声が小さめなので、皆の返す挨拶も自然と小さくなる。皆が朝から立ち話をしている中、私は真っ直ぐに自分の席に着いて机の引き出しからノートパソコンを取り出して電源を入れた。立ち上がるには暫く時間がかかるので、その間はスマホを触るお時間。  営業部は、小売店や商業施設などに対して売込をする第一営業部と、オンライン販売など個人のお客様やこちらも個人営業の商店へ売込を行う第二営業部に分かれている。ここの会社ではその二つの営業部が同じ一室にまとめられている。私はその第一営業部に配属されている。部下はおらず、所謂部署では一番下っ端だ。行動予定表のネームプレートも当然一番下にある。  暫くすると、ブランド物のスーツ、ネクタイ、革靴、ビジネスバッグに身を包んだ眼鏡をかけた男性が出社した。この人はこの第一営業部の脇山重貴(わきやましげたか)部長。皆からの挨拶に「は~い、おはようおはよう」と流すように返す。白髪交じりで細身で、小言が多いこの人のことが、私は正直苦手だ。 「いや~朝からまいったよ。電車乗ってたらベビーカーで寝てた赤ちゃんが急に起きてさ、泣き始めたんだよ。うるさくてうるさくて朝から本当勘弁してくれって話だよ。ああいう時に何も出来ず周りに謝ることしか出来ない無能な母親が一番困るんだよな。」 血も涙もないとはこのことか。またいつもの小言が朝一から始まった。「勘弁してくれよ」はこっちの台詞だよ。自分の席に着くなりするその話に感心している人は誰もいない。一番近くにいた第二営業部の人が愛想笑いで対応していた。  チャイムが鳴ると朝礼の合図。この会社では、朝礼の際に企業方針を唱えるのが慣例だ。「地域にお客様に愛される会社に」・「誰もが働きやすい会社に」・「時代と共に成長できる会社に」この三つを唱えた後連絡事項が伝えられ業務が始まる。今日の連絡事項は特になく、全員の行動予定を言うのみで、朝礼はあっという間に終了した。まあ朝礼は毎回これくらいの長さで済んでくれればいいんだけど。たまに連絡の尺が長い時があってその時は必死に欠伸を我慢しながら聞いている。自分に関係のない連絡事項には耳を傾ける必要はないから。  今日の私は上司の高取侑美子(たかとりゆみこ)さんと市内のスーパーマーケットへの営業、外回りをする。高取さんとはペアでよく外回りに行っており、営業のいろはを教えてくれた優しい上司だ。と同時に時折出てしまう私の話し言葉を注意してくれる厳しさもある。先日営業部でコピー用紙のストックが切れそうになり、注文するよう頼まれた時「いつも使っている『やつ』でいいですか?」と高取さんに確認を取ったところ、 「有田さん、あまり『やつ』は良くないかもね。せめて『もの』。普段友達とかと話すのであれば全然構わないと思うけど、取引先の方の前でそれが出るとちょっと不安かな。」 と注意されたことがある。確かに、取引先の方の中にはちょっとした言葉遣いや所作を気にする方もいる。気が緩んでその何気ない話し言葉を使ってしまうことで、無礼であったり緊張感が足りなかったりといったマイナスの心象を相手に与えてしまうかもしれない。それで大事な関係を崩す訳にはいかないと、高取さんはいつも私に厳しく指導してくれる。
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