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入場時からは想像も付かないほどの熱気を残して、再び客席全体に明かりがもたらされた。 「……優香? 」 私の顔を心配そうな表情で覗き込んだルイさんはすぐそれを微笑みに変えて、ハンカチで私の目元をなぞる。 「どうだった? 」 「……良かったです。物凄く。稚拙な言葉でしか表現できないのが歯痒いくらい」 「そっか」 「もっと早く、この景色に触れたらよかった。ほんと、勿体ない」 私の中だけに存在していた一等星スピカは立体になると凄まじい神々しさだった。客席を巻き込んで一つの世界を作り上げたかと思いきや、映画や舞台を見せるような、たった五分程度の楽曲で二時間ほどある物語のような重厚感を表現してみせたりもした。 受け取ったものがあまり重すぎて。壁にもたれ掛かって、そのまましゃがみ込むとルイさんもそれに合わせて隣に腰を下ろした。 初めて触れた世界の美しさに、揺やかに流れ続ける涙を止められずにいるとルイさんの手の平がふわりと私の頭頂に乗せられる。それと同時に解け始めている前方の塊から見知った姿がこちらに手を振りながら近づいてくる。 「お、いたいた! まじでよかったな! 最高過ぎた! てか、須田さん、めっちゃ泣いてんじゃん! 」 感動よりも興奮を前面に出したアキラさんはジム帰りかと疑うくらいに汗まみれになりながら高揚していて、感じたものは同じはずなのに私との色の違いが面白くなって吹き出してしまった。 「……アキラさん、連れ出してくださってありがとうございました。この景色と感覚を知らないまま一生を過ごすところだった」 そう伝えるとアキラさんは「良かった~」と言いながら脱力したように私の隣にしゃがみこんだ。 「ライブが須田さんにとって辛いものになったら俺がなんとかしますとか言ってのけちゃったからさ。なんとかしなきゃいけなかったときのこともちょっと考えてたわ」 「あら、その場合は何をしてあげるつもりだったの? 」 「なんだろう。上手い飯とか、カラオケで騒ぐとか。そんな俗っぽいことしか思い浮かばなかったけど」 「俺がそんなの忘れさせるくらいもてなしてやるー!って? 随分強気なのね」 「うるせー」 普段の接客モードと比べると砕けた物言いになっているアキラさんを見てこの二人の親密さに自然と口角が上がる。そんな私と目が合ったアキラさんは何かを思い出した様子で立ち上がると「二人とも外で待ってて。グッズ買ってくるわ」と言って物販の方向へ小走りで向かっていった。 「嵐みたいな奴よね、ほんと」 「すごく華やかな方ですよね、アキラさん」 ステージ上では数人のスタッフが撤収作業を始め、客席前方からは「まもなく閉場しまーす。ドリンクの引き換えがお済みでない方は至急~」と同じ文言を永遠と繰り返す声が響く。 「私たちもドリンクをもらって外に出ましょうか」 そう言いながら立ち上がるルイさんに続くように私も立ち上がりながら耳栓を外す。あんなに引っ掛かっていた余計な音たちも今は特殊な耳栓をしているかのように気にはならなかった。 「アキラ、物凄くホッとした顔してた」 外に出て、出入口の正面でアキラさんを待つ。周囲にはそれぞれ感想を語る小さなグループがちらほら。熱量を持った声も涙ながらに語る声も全て入ってくるけれど、すべてがポジティブな感情から生まれたものだということがこれでもかというほど伝わるので嫌な感覚にはならない。 「私はお客様の理想を叶えられなかった時の重圧に耐えられないタイプだけど、アキラは絶対に叶えてやるってタイプでさ。私がお客様の満足していないのを隠す優しさが辛いって言ったらそれを逆に羨ましいって言ったの。それがわかるならもっと理想に近づけてやれるのにって」 そう言って喉仏を上下させながら先程引き換えたビールをグビグビと飲み込むルイさん。美しい容姿から出る若干の勇ましさのギャップもまた魅力的だ。 「だから、アキラから幸せをもらったら全力で態度や言葉にしてあげてね」 数日前、私の髪を切ると申し出てくれた日も確かにアキラさんは私の理想を確実なものにしようとこれ以上ないくらいの熱意をもって対応してくれた。そして今日もしかり。 はい、と頷くとルイさんは「いい子ね」と言ってまた私の頭頂に手の平を乗せる。白くて細いルイさんの手はその印象とは裏腹にとても温かい。 そうしていると出入口から渦中の男性がニコニコとした表情を隠さずに真っ直ぐこちらへとやってきた。 「欲しい物は全部買えたの? 」 「買えた買えた。 はい、ルイと須田さんの分」 そう言って手の平に乗せられたのは今回のライブ限定で作られたラバーストラップだった。私が携帯の裏に貼っている一等星スピカのロゴが少しアレンジされていて、裏側には今日の日付と会場名が書かれているもの。 「え、いくらでしたっけ? 」 「いらないよ。今日須田さんが初めてスピカの世界に触れられた記念のプレゼント」 でも、と言い掛けてつい先程のルイさんの言葉を思い出し、飲み込む。 「……ありがとうございます。携帯につけます。嬉しいです」 その言葉によってアキラさんは満開に咲いた。本当にヒマワリのような笑顔だ。 「三人お揃いだからルイもどっかに付けてくれな」 「三人どころかこのグッズを買ったその他大勢ともお揃いよ」 ルイさんの的を射たツッコミがツボにハマってしまいケラケラと笑い声をあげる。今日で二度目、そして初対面なはずの相手なのに、何も考えず、気を遣わず、素直に笑えることが不思議で。ストラップに書かれたこの日を一生の記念日にしてしまいそうだ。 「須田さん、他に何かしたいことない? 今日みたいな体験、きっとまだまだできるよ」 目線を合わせるように覗き込まれて、キラキラとしたアキラさんの爽やかな瞳が視界の中心に映る。きっとアキラさんとルイさんは私にとって特別で、逃してしまうともう一生出会うことのない稀有な存在。 「……髪型を、変えたいです」 二人との奇跡的に生まれたこの関わりをこれで終わらせたくなかった。そしてそれ以上にこの二人といたら私自身が嫌悪していたこの感覚をもっと前向きなものに、愛せるものに変えていけるのではないか。そう思った。
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