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ギルバードからの通告
緩慢な足取りで、イアンが医務室へと向かっていると、前方からセリスが歩いて来るのが見えた。
どうやら、彼女はイアンの事を探していたようだ。
彼女はイアンに気づくと、彼に向かって小走りで近づいていく。そして、彼の前まで来ると安堵の表情を浮かべた。
「イアン!こんな所に居たの!どこにも居ないから探したよ。」
「そうか……。悪いな。」
「それは、別にいいんだけど…。具合悪そうだね、大丈夫?」
セリスは心配そうにイアンを見上げる。
そんな彼女を、抱きしめたくなる衝動を抑え、イアンは口を開いた。
「少しな…。でも平気だ、休めば良くなる。それより、お前はどうしたんだ?」
「あ、えっとね、ギルバードさんが呼んでたよ。」
「解った。直ぐに行く。お前は怪我、大丈夫なのか?」
「うん。まだ少し痛いけど、大丈夫」
服で隠れて見えないが、彼女の体にも所々に包帯が巻かれている。
「そうか……。無理はするなよ?」
イアンがセリスの頭を優しく撫でると、彼女は嬉しそうに目を細めた。
彼は、先程尋問で聞いたことを彼女に伝えない。それは、言う必要がないと思っているからだ。ただ、自分が彼女の事を守れば良いだけだと。
ただでさえ、自分の事で誰かが傷つく事を嫌がるような性格だ。言ってしまったら、きっと気に病むだろう。
だから、言わない事をしたのだ。
そうして、医務室へと足を進める彼の横に、並ぶように彼女が歩く。
医務室に着くと、ギルバードが椅子に座って待っていた。
「あぁ…来たね。ヴァイオレン君。君に話が…」
「ギルバードさん、少し横になってからでも良いですか?」
「確かに朝より顔色が悪いね。構わないよ、ついでに注射打っておこうか」
ギルバードは、イアンをベッドに寝るよう促し、彼の腕の服を捲り薬を投与した。
「じゃあ、話は体調が良くなったらにしようね。それまでは休んで。」
「はい。お言葉に甘えて、そうさせてもらいます。ありがとうございます。」
そう言って、イアンは仰向けで横になる。しばらくすると寝息が聞こえ始めた。
イアンの眠っているベッドの横に椅子を置き、腰をかけると、セリスは静かに彼の顔を見つめる。
(何時もなら、平気だって言って話聞くのに、今日は素直に寝た…。少しじゃなくて、本当は結構辛かったんじゃ…)
そう考えながら、彼女はイアンの芳しくない体調に憂色を濃くする。そして、頭を優しく撫でた。
すると彼の表情が少し和らいだように見えた。
イアンを見つめるセリスに、ギルバードが声をかける。
「心配かい?」
「はい」
「そうか。でも、大丈夫だよ。少しずつは良くなってるから。」
「そうですか…。」
セリスが不安げな表情のまま、ギルバードに顔を向けると彼は優しく微笑んだ。
「ヴァイオレン君は強い子だ。それは君が一番よく知ってるだろう?だから、信じて待ってあげるのも大事だと思うよ。」
「そうですね。」
ギルバードの笑顔に釣られるように、セリスも笑顔で頷いた。
それから一時間程して、イアンが目を覚ました。顔色も元に戻ったようで、セリスはホッとする。
「あ、イアン。起きた?もう良いの?」
「あぁ、大分楽になった。」
「そっか、良かった。」
「それで、ギルバードさん。話ってなんですか?」
イアンは、上体を起こしながらギルバードに尋ねた。
「あ、そのままで良いよ。」
「いえ、大丈夫です。」
イアンが身体を起こしたのを確認してから、ギルバードは話し始める。
「話って言うのは、今度行うであろう奇襲の事なんだけど…。今の状態では、医務官として君が行く事は許可できない」
「そんな…。確かに万全ではありませんけど、でも俺は!」
「今だって、こうやって休みに来ているじゃないか。そんな状態じゃ到底行かせられない」
「今日のは、たまたま。それに今度のは他にも何人か一緒に行きますし!」
「君の気持ちは分からなくもないけど、今回は大人しくしていてくれ」
イアンが、ここまで今回の奇襲作戦に懇望しているのは、セリスの為だ。彼女を脅かす物は、自分が排除してやりたいのである。
それに何より、下らない事に利用しようとした輩達に、制裁をくださないと気がすまないのだ。
だが、ギルバードの言っている事は最もだ。
今の状態の自分が行ったところで、足を引っ張るだけだ。
その事を十分に解っているイアンは、食い下がるのを止め、苦虫を噛み潰したような顔で了承した。
「……分かり、ました。」
だがしかし、やはり無念でたまらないのだろう、彼は拳を強く握りしめている。
そんなイアンの手に、セリスが手をそっと重ねた。そして励ますように言ってのけた。
「大丈夫だよ!私がイアンの分まで頑張ってくるから!」
「セリス……、今回はお前も城で待機組だぞ。」
「ギルバードさん、そうなんですか?」
「え?……いや、僕は何も知らないよ。」
話を振られると思ってなかったギルバードは、一瞬ポカンとしてから答えた。
「そうですか。」
「ごめんね。じゃあ僕は、ヴァイオレン君の事を、レイソン君に伝えに行ってくるから。後は二人で、ここにいても良いし戻っても良いよ。」
ギルバードは、残念そうに言うセリスに謝り、そう言うと医務室から出ていった。
「ねぇ…。何で、私も待機組なの?何も聞いてないんだけど…。イアン、何か知ってるの?」
「さぁな。」
「何それ、教えてよ!」
「ほら、俺達もそろそろ戻るぞ。」
「あ、ちょっと!」
粘り強く聞こうとするセリスをはぐらかし、イアンはベッドから立ち上がる。そして軽く体を伸ばしてから歩き出し、医務室から出ていく。
それを慌ててセリスが追った。
二人は医務室から出ると執務室へと向かう。
「もー、ケチ!良いよ、レイソンさんに聞くから!」
「多分、あの人に聞いても同じだぞ。」
狙われているであろう仲間を、連れて行く事はしないだろうと、イアンは考えている。
例え、レイソンがセリスを連れて行くと言っても、彼は抗議して止めさせるつもりでいるのだ。
「それから、俺は諦めてないからな。ギルバードさんは、今の状態じゃって言った。急襲を行うまでに、まだ少し時間があるはずだ。その間に、何が何でも万全な状態にする。そうすれば、許可も降りるし、レイソンさんも入れてくれるだろう。」
イアンの目には決意の籠もった強い力が宿っている。
「私に出来ることがあれば協力するよ。」
「助かる…」
そんな話をしていると、二人は自分達の執務室に着いた。それぞれ椅子に座ると書類仕事に取り掛かった。
静かな部屋にペンのカリカリとした音だけが響いている。
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