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Ⅰ.シンギュラリティ
――世の中、変わった。
そう感じるのは、鼻先で湯気をたてているコーヒー越しの景色が白んでいるからではない。誰彼問わず、一枚の板を手に持って目線を落としている。その光景を見る度にそう思わずにいられないのだ。
スマートフォンの普及はガラケー時代の流れを踏襲するどころか、それを凌ぐ勢いで機能を拡張していき、アプリケーションの多様化も進んだ。最早生活の一部ではなく、生活に不可欠なものとなっていると言っていい。
インターネットがライフラインの一部となりつつある世にあって、それを片手で利用できる端末が、流行らない理由がなかったということだろう。今や「数年前の使い勝手の良いパソコン」と同等の性能を持つ端末が、手のひらサイズで持ち運べるのだ。
俺が初めて「シンギュラリティ」という言葉を知ったのは学生の頃だった。それは所謂「都市伝説」として流布されていた話だった。
人工知能・AIの進化により発生する技術的特異点――204X年には、AIは人類の知能を凌駕する存在となる。そしてAIによって人類が管理される世になる――そんな内容だった。
AIがある程度の進化に達すると、人間がAIを開発するのではなく、AIがAIを開発するようになり、その進化速度が、まさに人知を超えたものになるという。
当時はなんとも荒唐無稽な話だと感じられたが、今現在のAI技術の進歩を目にすると、それも強ち創作話ではないと思えてきた。いやむしろ、204X年まで、人類が持ちこたえられるのだろうか。
そう思わせるほどに、昨今のAIチャットやAIイラスト、AI音声などの技術革新は進んでいる。何よりも、それを俺のようなごくごく普通の会社員がスマートフォンひとつで体験出来てしまう気軽さが、特異点の接近を身近に感じさせるのだ。
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