第一話『乙女ゲー開発者、テストエンジニアになる』

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第一話『乙女ゲー開発者、テストエンジニアになる』

「――乙女ゲーム開発、さすがにもうやめるよ」 スマホ越しにイラスト担当兼親友から『美月、もう少し考えてみたら……?』や『せっかくファンもついてくれたのに』と聞こえてくる。 「ごめんね。ありがとね」 『…………』 何か言おうとするが思い浮かばないといった雰囲気を感じながら、私は通話を終了した。 私は昔から何かを作ることが好きだった。 中学の頃にはオタクに目覚め同人誌を作りはじめ、高校時代には乙女ゲーの沼にどっぷりとハマった。 大学では理工学部に進みプログラミングを学ぶことにした。 理由はシンプルで、自分で乙女ゲーを作りたくなってしまったからだ。 大学の理工学部は男所帯で女性は私含め3人だけ。 モテるでしょなんて言われるが、身長175センチオーバー、つり目で黒髪パッツンロングヘアの私には全く縁がなかった。 女性陣からは 「カッコいいのになんで……!」 なんてよく言われたものだけど、きっと男性陣的には「そうじゃない感」がある気がする。 女性陣からは妙にウケはいいんだけどさ。 そういった理由もあり、恋愛より学業、学業より乙女ゲー開発に良くも悪くものめり込めたというわけだ。 そう、私の愛は全て私が妄想したキャラ達に注ぎ込んだ……もといゲームそのものに全ての愛情を注ぎ込んだと言っても過言ではない。 ちなみにイラスト担当兼親友からは「そんなんだから彼氏できないんだからね!」とさんざん言われている。 ほっとけっての。 大学卒業後は親の紹介もあり地方の大きな企業に勤めることになった。 プログラムも何も関係ない部門へ配属された。 大学の仲間からは 「え~! あんなに出来たのにもったいないっ!」 と口々に言われたものだ。 とはいえ、私の乙女ゲー開発の情熱は消えてはいなかった。 給料を注ぎ込みつつ、学生時代からコツコツと開発していた乙女ゲーのリリースを行い1000本ほど売れた。 1980円だったため200万円程度の副業収入があったというわけだ。 個人開発としては悪くない数字だ。 それで私はいい気になってしまったんだよなー……。 ある日、ザ・日本企業体質だった会社の上司とモメてしまった。 私は言いたいことは言ってしまうタチだ。 そのせいで社内の人間関係をすっかりと悪くしてしまったのだ。 それを切っ掛けに「ゲームで食べていく!」と一念発起。 会社を辞めてしまったわけだ。 …………。 ……。 それから3年。 パソコンの前で頭を抱え唸り声を上げる私がいた。 「新規でリリースした年は1980円で1000本くらいは見込めるでしょ……」 ゲームを動かすスクリプトエンジン開発は私。 シナリオもゲームを動かすスクリプトも書くのは私。 よってここにかかるお金は実質ゼロ円。 この価格帯の乙女ゲーはミニマムプライス帯と言われる規模感だ。 攻略キャラ1~2人、スチル――イベント絵は20枚以下が相場といったところ。 そのスチルや立ち絵はイラスト担当兼親友にお願いしていて、もちろん相場で支払っている。 「イラスト料の支払いで50万でしょ……」 ……少しまけてもらっているかも。 BGMは商用の版権フリーのものを使っているから今のところゼロ円。 そして最後にボイス。 ……。 ごめん、言ってみただけ。 もちろんそんなものを付ける余裕はないからゼロだ。 「あと襲ってくるのは税金かぁ……」 仕事人時代に貯めた貯金もそろそろ底をついてしまう。 個人開発で食っていくことがこんなに大変だとは。 パソコン画面に映されている貯金残高から目を離し、床にゴロンと寝ころんだ。 台所に目を移すと半額弁当とカップラーメンの空の山。 眼前には掃除をするヒマもなくすっかり荒廃してしまっている部屋が広がっている。 「夢破れて山河あり……。国だっけか」 まるで私の心境をそのまま写しているみたいじゃないか。 「先立つものがないと首も回んない……」 お金。 お金お金お金お金! 「ハァァァァ……」 切実な現実を突きつけられて深い深いため息しかでない。 「ああもうっ!!」 ガバリと起き上がり机に向かった。 「ゲーム開発はまたお金が貯まってからできる……はず……きっと……」 パソコンに映し出されている就活サイトのリンクをクリックしたのだった。 *** ――メール音でビクリと体が跳ねる。 何度経験しても心臓に悪い。 お祈りメールじゃありませんように!! 机に置いていたスマホに震える手をのばす。 体をこわばらせながらメールを恐る恐る開いた。 お祈りメールじゃありませんように!! お祈りはなしの方向でお願いします!! 誰に頼んでいるのかわからないが、そんなことを考えながらスマホを凝視する。 一瞬のロード。 後に文字列が目に飛び込んできた。 『――ぜひ早乙女様には弊社に来ていただきたくご連絡いたしました。つきましてはオファー面談の設定を……』 「えっ………………やっ………………」 ガタッと音を鳴らし椅子から思わず立ち上がった。 「やったぁぁぁぁぁぁーーー!!」 ご近所さんにも聞こえるような大絶叫。 いやいやいや、今はそんなこと関係ない! 思えばこの数か月。 お祈りメールを何十回もらったことか!! あ、お祈りメールは『検討の結果、残念ながら(中略)今後のご活躍をお祈り申し上げます』ってヤツ。 長かったぁー!! ゲーム開発をしていたとはいえ個人開発……言ってしまえば趣味だ。 これらは業務経験と言うことは難しかった。 もちろん私としては最高のクオリティーだと自信をもってお届けしているゲームだ。 職務経歴書には強みとしてしっかり記載はしている。 それもどこまで見てもらっているのか……考慮してもらえないなら3年のブランクがある業界未経験の人でしかない。 ゲームや普通のアプリ問わずIT系の会社に応募しまくったが書類審査で何度涙を飲んだものか……。 面接まで進めたときはブランク期間にゲーム開発をしていた話をしたし、コーディングテスト――プログラムの試験もがんばった。 けど実務経験なしのせいもあってか即戦力とは見てもらえなかったようだ。 それがようやく……! *** 「早乙女美月(さおとめ・みつき)さんには――」 私の前に座る人事担当の女性が笑顔で書類を私に差し出した。 「――契約社員で弊社に来ていただきたく存じます」 ……はい、妥協しました! 正社員でお祈りの嵐だったため契約社員採用で応募したのだ。 契約社員は正社員と違い、定められた期間だけ勤める形だ。 その他、正社員とは給与面や福利厚生の待遇面で大きな違いが出る。 面接もコーディングテストは一切なく、経歴や簡単な技術周りの話を聞かれておしゃべりをしたくらいのものだった。 もちろん本当は正社員がいいんだけどさ。 そうはいっても……お金がないから早く勤めたかったんだ……。 ……切実だった。 「もちろん契約社員から正社員に登用する制度もありますのでご安心ください」 人事の方から「結構いらっしゃいますよ。きっと早乙女さんなら大丈夫です」なんて笑顔が向けられている。 なるほど、よい成果を納められれば正社員に転身できるのか。 乙女ゲー開発再開の資金を貯めるためにもがんばらねば! 心の中で鼻息を荒くする私だった。 そこから会社の説明がはじまった。 この会社は私の世代では名前を聞いたことがない人の方が珍しいメジャーな大企業だ。 2000年代はじめに当時では珍しいSNSをリリースし、それが瞬く間に大ヒット。 そこからブラウザゲームやガラケー用のゲームと次から次へとリリース。CMもよく見たものだ。 今では金融やフリマなどまで広く手を伸ばしている。 IT企業としては古参に分類されるウェブ系アプリ系の大企業である。 従業員規模にして数千人。 私が新卒で勤めていた地方企業も大きいと思っていたけど、さらに倍の規模だ。 会社の説明が終わると、個別のサービスの話に移った。 きっと私が配属されるところの話だ。 チームメンバーの意向を尊重しているらしく、場所ごとに開発環境が違うらしい。 プログラミング言語で私が最も得意な言語はC#だ。 それでゲーム開発をしている。 けど、PythonやRuby、Javaがきてもなんとかなるはず……。 頭の中で動物の絵がかいた技術書がグルグルする。 何を勉強するべきかは環境によるか……。 ……。 3000円……。 4000円……。 ……。 今のおサイフ事情からだとどれも痛いけどさ。 「早乙女さんには――」 人事の方がニッコリと微笑んだ。 開発エンジニアは業務では初めてだから緊張―― 「テストエンジニアになっていただきます」 「………………へ?」
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