7. 運命の巻き寿司

1/2
前へ
/27ページ
次へ

7. 運命の巻き寿司

「彼はルーカスといってね。目の前で両親を銃殺されて口がきけなくなった。私は彼にノートを渡して、何でもいいから好きに書いて出せと言った。しばらくは落書きのような絵ばかりだったが、段々と字を書いてくれるようになってね」  野球が好きな彼は住んでいる叔母の家で観た試合のこと、大好きなマリナーズの日本人外野手であるイチロー選手のことなどを書いた。 『僕もイチローのような凄い選手になりたい』  父はある日、マリナーズの試合を観に行こうと、ルーカスと野球が好きな数人の生徒に提案した。  当日父はマリナーズの本拠地であるセーフコ・フィールドの売店にあった『イチロール』という巻き寿司を人数分買い、生徒たちと共に観客席に向かった。  イチローの三塁への忍者のような盗塁や、ライトからホームへのレーザービームの如き送球を観て、ルーカスは目を輝かせていた。  その日イチローはヒットを二本打ったが、マリナーズは負けた。  最後にルーカスは、試合に夢中で口をつけていなかった寿司に手をつけた。スパイシーツナが入っているその寿司を一口口に含んだ瞬間、ルーカスは顔を真っ赤にして叫んだ。 「辛い!!」  5年ぶりに口をきいた彼が発した言葉がそれだった。    父は嬉しさの余り泣きながら彼を抱きしめた。周りの子どもたちも続いた。まるでマリナーズが勝ったかのように喜ぶ彼らを、他の観客たちは怪訝な顔で見ていた。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加