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職探しもほどほどに、夜な夜なあの店に通い詰めた。あの男の何がいいのかは自分でもよく分からなかったが、ただ、とても落ち着いた。とても居心地が良かった。何度となく手を繋ぎ、何度となく見つめあった。
正直、ハマった。
だが、そこまで高くないテーブルチャージに油断していたら、あっという間に金はなくなった。
いよいよやばいな、と思いはじめたのは仕事を辞めてから一か月が経とうとした頃。親も痺れを切らし、夜ごと遊び歩く俺に説教を垂れる日もあった。
出来損ないのアルファと言われ、その通りだなと思った。
仕事……探しか。
もらった退職金はそろそろ底をつく。あとはわずかな貯金が残っているだけ。もうあの男の所へはいけない。それが寂しいと思った。だったら道は一つしかない。仕事をするしかないのだ。
職安へ再び通い始めるようになった。だが、職種も給料も何も拘らないと言った俺に、そういうわけにもいかないのだと困り顔で言われた。会社によってはアルファを雇えない会社もあるし、アルファを欲しがっている会社もあるのだと。ただアルファ人材を欲しがる会社はそれなりに実績のあるアルファを求めていることが多く、俺のようなアルファ初心者は落とされる可能性が高いという。例えば俺がフレッシャーなら雇ってもらえただろう。しかし、俺はもう三十五歳のおっさんだ。それはかなりハードルを高くしていた。
とりあえず……と、手あたり次第面接を受けまくったが、どこもかしこもいい返事が貰えず、俺は面接帰り、スーツのまま公園でたばこをふかした。
「どうせまた……落ちるんだろうな……」
期待はしない。
明らかにいい顔をしていなかった。突然変異のアルファなんて、何の役にも立たないんだ。この年齢で、何一つ実績が残っていないのだから。それならせめてベータ時代にもう少しいろんなことを頑張っておけば良かったと思う。資格を取るとか、手に職つけておくとか。
でも”まさか”だろ。自分がアルファになるなんて生まれてこの方思ったことがないんだから。人生を頑張るなんて、今までしたことないんだよ。適当に生きて、適当にやり過ごして、そこそこ悪いことして遊んできたんだ。それは自分がベータとして生きて、ベータとして死んでいくのだと信じていたからだ。
突然アルファなんて言われたら……ただただ迷惑でしかない。
今ほど面接をしてきた会社の求人案内を見つめ、俺はため息をついて天を仰いだ。
その時、ざぁっと強めの風が吹き、持っていた求人案内が手から離れてしまった。慌ててそれを追いかけると、一人の男性の足に絡みついて止まった。
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