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「すみません!」
急いで携帯灰皿にたばこをねじ込んで求人案内に手を伸ばしたが、先に男性がそれを自分の足から取った。そして求人案内と俺を交互に見て、ぽつりと言った。
「仕事探してるんですか?」
そう言って求人案内を俺に渡してきた男性は、どこかで見たことのある男だった。
俺よりわずかに低い背。無造作にセットされている茶髪。どこかいたずらそうな目元。どこで出会ったのだろうと首を傾げたが、突如思い出した。
「キャッチの子だ!」
口に出すつもりのなかった声はばっちり漏れ、彼は目を丸くした。
そして、「あ……ふふ。お店には行かれました?」と不敵に笑いかけられる。
「あぁ……いや、まぁ……はい」
金が底を尽きるまで通い詰めたよ。キミが言った通り、他の店より良心的な金額設定だったようには思うよ。
だけど、きっと彼は俺のことなど覚えていないだろう。そもそも、二回も俺に声をかけて来ているのだ。覚えていないからこその二回だろう。そりゃ一日に何人もの男性に声をかけているのだ。俺のような平々凡々なベータ顔の男など覚えているわけがない。
「また来てください。……あぁ、でも仕事してないのか」
そう言って再び求人案内に視線を落としたが、そこに記されている「アルファ人材」という文字に反応するように、彼は再び俺に視線を戻した。
そして言ったのだ。
「嘘つき」と。
心臓が止まるかと思うほど驚いた。
再び風が吹き、俺の鼻先にわずかな甘い匂いが届いた。
「キミは……、オメガ?」
くすりとも笑わない彼の首元には、あの時つけていなかった噛みつき防止のネックガードがつけられていた。オメガはアルファに首を噛まれると、強制的に番にさせられてしまう。そうなると、もうその相手としか性交できない体になってしまうのだ。
だけどキミはあの時、こんなものつけていなかったじゃないか。
そう思って、あぁ……そういうことかと気付いた。
「もしかして、キミも……突然変異?」
言った俺にポロリと涙を落とした彼は、怖いのだと泣いた。
アルファになった俺と、オメガになった彼。身体的にも待遇的にもオメガになった彼の方が圧倒的に生きにくいだろう。今までベータとして何の不自由もなく生きてきたのだから。
突然変異に気付いたのは、俺より彼の方が早かった。今までと違い、アルファだけが持つと言われている特別な ”熱” を感じるようになったのだという。これはアルファやベータには見抜けない、オメガ性の人間だけが見分けられる ”熱” だ。
だとしたら、俺が今感じているこの甘い匂いも、きっとアルファだけが持っているオメガ性を見抜く能力なのだろうと思う。
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