運命の番

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 才川君の持ち込んだ小説を、みんなで読んだ。  面白かった。得意のホラーだ。ドキドキと息を飲む展開。ぞくりと寒気すら感じるほどの表現力。あのチャラさから、この文章力。信じられない。 「彼はアルファくらいの実力者だよ」  立花さんは才川君に一目置いている。 「まさかオメガだったとは思いもしなかったけど」  そう言って苦笑する。  だけど違うんだよ立花さん、彼はもともとベータだったんだよ。……とてもそんなことは言えなかったけど。  才川君の本はうちで無事出版する運びとなった。ただ、俺に気を使って、立花さんはいつも才川君と外で打ち合わせをしてくれているようだった。おかげで俺が仕事に集中できなくなる、ということはなかったけど、ずっと……ずっと彼に会いたくて仕方がなかった。それはもしかすると、才川君も同じだったのかもしれない。  だから、彼の本が出版される当日、立花さんは俺に紙切れを一枚寄越した。 「待ってるって」  才川ルイ、と手書きで書かれた名前と電話番号。そこから、少しだけ彼の残り香が香ったような気がして、俺は震える手でそれを受け取った。 「……ありがとう……ございます」  立花さんはやんわり微笑みながら、「運命の番なのか?」と再度確認するように聞いてきた。近くにいるみんなも興味深そうに俺たちを見上げている。 「……おそらく。でも俺たちはまだ未熟ですから……そうだとは言い切れません」  これが本当に ”運命の番” と呼ばれるたった一つのめぐり逢い……というものなのだろうか。分からない。世間は、ほとんどの人間がベータだ。アルファもオメガも、全体の一割程度しかいない。しょっちゅうそこかしこで出会えるような人種じゃないのだ。  一年もアルファをしていない俺はオメガへの免疫が低い。だからその香りに単純にあてられているだけ、という可能性は多分にある。だけど、それでも、運命のような気がしている。  その日、仕事終わりの帰り道。電話を掛けた。  耳元で彼の声が「はい」と返事した時、電話番号を打ち込んでいる時より緊張した。 「俺です……、甲斐です」  名乗ると、彼は電話先で小さく「ぁ」とだけ言って……、長い沈黙のあとに、ただ一言、「会いたいです」と告げてきた。  体を重ねた。  つまりは、童貞を卒業したということだ。才川君も男を受け入れたのは人生で初めてだっただろう。お互い不器用なエッチだった。だけど、欲しくてたまらなかった。生まれて初めて興奮した。欲しくて欲しくて仕方なくて無我夢中で腰をうちつけ、本当に食べてしまいたくなる衝動をなんとか堪えられた。それは彼がネックガードを外さなかったからだ。じゃなきゃ、俺はきっと噛みついていただろう。  俺のものをおしりからトロトロと流しベッドに横臥している才川君は、視線だけをちらりと俺に向け、かすれる声で言った。 「俺はまだ……成熟していません。先生が言うには、少し発達が遅いって。完成まで、あと最低でも一年はかかるだろうって言われています」  遅くて、この香りか……。 「ヒートは?」 「未経験です。成熟してからじゃなきゃ、来ないみたいで」  怖いと思った。これ以上このフェロモンにあてられたら、理性なんて保てない。これが……アルファとオメガの関係なのか。 「遅いこと、安心していました。その分、今のうちに仕事取ってやろうって。すごく前向きに頑張れていたんですけど……」  そこまで言うと才川君はもぞもぞと寝返りを打って俺から顔を隠した。 「もう最近は、ずっと甲斐さんのことしか頭にないんです」  俺なんかよりよほど仕事のできる才川君は、俺よりずっと仕事に手がつかなかったようだった。
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