仕事を辞める

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 アルファ申請をしに人事部へ顔を出した。 「ベータから……、アルファ?」  申請の受付をしてくれた女性が不思議そうに俺を見上げてくるから嘘ではないと五施設分の診断結果を、この前の健康診断書の上に乗せた。 「少々お待ちください」  女性社員は診察結果を片手に人事部長のデスクへと走った。言うまでもなく、人事部はざわついている。性別が変わることは、やはりそうそうない事案らしく、人事部は困惑の色に染まっていく。  だけど、「いやでも、おめでたいことですよ」とどこからか聞こえ、「そうですよね」とみんなが頷き始める。  そう、アルファになるというのは、世間一般的にめでたいことなのだ。会社としても、アルファの雇用数によって融資金額が変わったり、補助金等が多く下りたりと、いいこともある。ただ、その分給料は多く払わなければいけないし、たぶんこの雰囲気だと、俺はいきなり役職に就く可能性だってあるわけだ。数日前までただのベータだった俺が、だ。それをどれだけの社員が「よし」とするだろうか。良く思わない連中も多く出てくるだろう。「めでたいことですよ」と言ったやつは、”いいやつ”なのかもしれないが、その分胡散臭さも感じる。 「部署はどこだ?」 「製造ですね」  ちらりと俺のユニフォームを見て製造だと判断する。間違ってはいないが、製造にはベータ以下しかいないと言いたげな人事部のやつらの冷めた目が痛い。 「迷惑なら、辞めましょうか」  人事部長のデスクに集合している連中を睨みつけて言うと、みんなびくっとして判断を委ねるように部長を見た。 「いや、まさか……。アルファの人材を辞めさせるなんて……そんな」  滅相もない、と言いたげに人事部長は首を振ったが、明らかに迷惑そうじゃないか。きっと俺がどう見ても「ベータ顔」だからだろう。だからダメなんだ。例えば俺がアルファみたいにイケメンでキラキラしたベータだったら、快く受け入れたのだろう。だが俺はこんなだ。アルファになったからといって、キラキラはしてないし、ぼさっとしてるし、今日も今日とて寝ぐせがばっちり決まっている。百発百中、みんなは俺のことを「ベータ」だというだろう。それくらい俺はベータのど真ん中ってツラをしている。 「いや、いいっす。辞めますわ。アルファになったし、ここ辞めても何とかなりますよね。どうもお世話になりました」  煙たがられる存在になるくらいならさっさと辞めた方がいい。目立たずにいたい俺にとっては、もてはやされることと同様に、煙たがられることも苦痛でかなわない。俺は常に空気のような存在でいたいんだよ。
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