竜と絆と新たな家族

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 ***  ドラゴンに、卵をくれと言い出すことも、時々生まれる卵を奪うこともできないまま。僕はドラゴンの元へ通い詰めるばかりの日々が続いた。  人ではなかったものの、慈悲深く優しいドラゴンと共にいるのはどこまでも心が落ち着いたからだ。そう、差別や偏見ばかりの村の人達よりよほど話していて楽しく、気楽であったのである。  だが、そんな僕の安寧を許すほど村人達は気長ではないわけで。 「……クオン。どうしたのだ、その傷は」  ある日。村長たちに殴られて怪我をした僕を見て、ドラゴンは心配そうに声をかけてきた。大したことはないと笑ってみせたが、腕の骨と肋骨が折れている。見かねたドラゴンは、自身の足を傷つけると、その血を僕の傷ついた部分に塗ってくれなのだ。  するとどうだろう。僕の打ち身も骨折も擦り傷も、たちどころに治っていったのである。 「ドラゴンさん、凄いんだ……!」 「大したことではないさ。ただ、この回復力のために、私達の血はたびたび人間たちの薬として扱われるようだが」  血。卵を貰うより残酷ではないかもしれない。僕は意を決して、自分がこの洞窟にやってきた本当の理由を話してみることにしたのである。血を使うことで卵の代用品になるのなら、この優しいドラゴンは力を貸してくれるかもしれないと思ったからだ。  しかし、ドラゴンは寂しそうに白い首を横に振ったのである。 「残念ながら、それは出来ない」 「な、なんで!?」 「理由はいくつかある。確かに、卵を渡すことはできないが、血なら多少提供することはできよう。しかし、疫病にかかっている住民の数からして、とても私一人の血では足らない。そして……おそらく村人達の病は私の血で治せる類ではない。村の者たちのことは私もよく知っている。彼らの病の原因は……狭い村の中で近親婚を繰り返したことによる遺伝病であるからだ」  彼らの病は疫病ではなく、悪い遺伝子を濃縮してしまったことによる遺伝子異常。ゆえに、これはドラゴンの力でも治せないというのだ。――これだけ月日が過ぎても、よそ者の僕達一家が無事だったのには、ちゃんとした理由があったというわけらしい。このタイミングでたまたま発症者が続出しただけで、人に感染するような病ではなかったということだ。 「そして。私は……私の友達を傷つけるような者達を救いたくはない。私にも意思があり、信念があるからだ」  僕は驚いた。僕がどういうつもりで洞窟へやってきたか伝えたというのに、彼はそれでも僕を友達と呼んでくれるのかと。  ぎゅう、と胸が締め付けられるような気がした。それは悲しいとか苦しいとかじゃない。こんな辺鄙な村に来て、楽しいと思える瞬間など殆どなかったのだけれど。それでも唯一、救われたと思えた瞬間を知ることができたのである。  そう、この場所で、本当の友達に出会えたことだ。 「……ドラゴンさん。僕、村の人に本当のことを言うよ。村を開いて、他の人と交わって、外のお医者さんを呼ぶしか助かる方法はないって」  信じてもらえなければ、その時はその時だ。  僕だってもう愛想が尽きている。彼らが狭い文化や偏見に固執して滅びるなら、それもまたさだめだと。 「お父さんとお母さんとラナに、ドラゴンさんのことを紹介してもいい?……僕達家族も、ドラゴンさんと一緒に暮らしたい。僕、お父さんたちに胸を張って紹介するよ。最高の友達ができたって」  村の者達が、このドラゴンを襲うときが来るかもしれない。その時は、今度は僕が彼を守ってみせよう。もっと大人になって、そして強くなって。 「……ああ、クオン」  優しいドラゴンは。僕の頬に頬ずりをして言ったのだった。 「人を恨まなくて、本当に良かった。ありがとう、私の友よ」
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