馬鹿につけるくすり

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 治療費の精算後。帰り支度をしていた正木さんが「あの、」とオズオズ切り出した。 「息子は……卓馬は、馬鹿じゃないんだとしたら、なぜ学校の成績があれほど悪いのでしょうか?」 「そうですねぇ。断定はできませんが……ピグマリオン効果というものをご存知ですか?」  ご存知ですか、という質問に痛々しいほど警戒した様子の彼女に、博士は「常識じゃないので大丈夫ですよ」と優しい声色で伝える。 「ピグマリオン効果とは簡単に言えば、周囲から『この子は絶対に伸びるぞ』と期待をして接された子は、実際にその通りになりやすいという心理効果です。実際、期待をかけられた子はそうでない子と比べて有意に成績が伸びたという実験結果があるそうです。  そして……ピグマリオン効果と全く逆の現象にも名前があります。ゴーレム効果、というものです」  博士の言葉に正木さんはハッとしたような顔になった。 「つまり、卓馬は……」 「ええ。きっとお母さんにお馬鹿さんだと言われ続けるうち、その通りとなり、本来の力を発揮することができなかったのでしょうね」 「そんな……私のせい、だったんですね」  目に薄らと涙を溜め卓馬くんを見る正木さん。当の本人はといえば、説明が難しくてよく分からなかったのか、キョトンとした無垢な笑顔でお母さんを見上げている。 「先程も言いましたが、カシコナールAは馬鹿であればあるほど苦くなる薬。逆に言えば、苦さをまるで感じなかった卓馬くんは相当優秀な頭脳の持ち主だと考えられます。  だからこれからは卓馬くんの力を信じ、目一杯引き出してあげてください。お母さんからの期待が彼にとって一番のお薬なんですから」 「はい……ありがとう、ございます……!」 「お母さん、どうしたの? だいじょうぶ?」  とうとう泣き崩れてしまった正木さんの背中を、卓馬くんの小さな手が心配そうにいつまでもさすっていた。
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