プロローグ

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 イズミは僕の婚約者。エルフはしきたりにより12歳になるとみな婚約者を持つ。大人たちの計らいで知らない者同士で婚約させられることも多いが、イズミと僕は近所に住む幼なじみ。幼い頃からいっしょに遊ぶ仲だった。年も同じ15歳。今も同じ教室で学んでいる。  イズミとはラルフの言葉で澄んだ水という意味。名前の由来の通り、イズミは美しく聡明で清楚な女性だった。婚約者といってもいつもいっしょにいて、どこかに行くとき手をつなぐくらい。セックスどころかキスもしたことがない。二人で話し合って結婚するまで清い関係でいることに決めている。  とはいえ結婚は来年の予定。僕らはきっと世界で一番素敵で幸せな夫婦になるだろう。イズミも結婚が待ち遠しいと言ってくれる。僕らの未来はバラ色だった。  朝は遅刻ギリギリで教室に駆け込んだから話す暇がなかった。放課後、僕らはいつものように並んで家路についた。  「朝、もっと早く起きなきゃダメだよ」  「お説教? 母さんみたいだな」  「お説教じゃないよ。本当は朝だってライといっしょにいろいろおしゃべりしながら学校に来たいんだよ。だって私はライを愛しているんだから」  イズミはいつも僕の喜ぶことを言ってくれる。  「ごめん。明日は早起きしてイズミといっしょに登校できるようにするよ」  「明日は土曜日だよ」  「そうか。じゃあ来週から。ところで土日も会える?」  「明日は用事があるけど、あさってなら大丈夫だよ」  「明日は僕も用事があるからちょうどよかった。あさってイズミと会ったとき、僕はどんな顔をしてるかな」  「どういうこと?」  「母さんに会ってほしい人がいると言われてて、その人と会うのが今夜なんだ」  途端にイズミの顔色が曇る。  「それってライの新しいお父さんになる人ということ?」  「たぶんね」  人間は結婚しても3組のうち1組は離婚するそうだけど、エルフの離婚は極めて少ない。極めて少ないのに僕の両親は去年離婚した。理由は性格の不一致と聞いている。思えば変な話だ。性格の同じエルフなどいるわけないし、性格が同じだから結婚したわけでもなかろうに。それなのに離婚の理由は性格の不一致。僕にはさっぱり理解できない。  「いい人だったらいいね」  「そうだね」  「ライ、両親が離婚して泣いていた君を覚えているから、私は絶対にいい奥さんになるからね」  「ありがとう。でも僕が泣いていたことはもう忘れて」  イズミは小さな子どものように無邪気に笑ってくれたけど、生きてイズミと会うことが今後二度となかったことを、そのとき僕はもちろん知らなかった。
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