プロローグ

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 悲しいとき、怒ったとき、困ったとき、僕は目をつぶり、イズミの顔を思い浮かべる。透き通るような青い瞳、小さな顔から伸びた長い耳。僕の耳はエルフにしては短くて、それがコンプレックスだった。イズミの長い耳はうっとりするほど僕には魅力的だった。  その日の夜、母さんと僕がいる家に男が訪ねてきた。母さんもイズミに負けず美しい。青い瞳と長い耳はイズミと同じ。笑顔が名画に描かれた聖母のそれのようで、ときどきつい見とれてしまう。  僕はそれまでずっとイズミの顔を思い浮かべていたが、ダイニングに入ってきた男の顔を見た途端、脳裏のイズミの顔はどこかに消し飛んだ。  「人間! 人間なの!?」  男の耳はつぶれたように短く、瞳は黒い。口ひげだけでなくあごひげまで生やして、しかも顔は脂ぎっていて清潔感のかけらも感じられない。みなスラリとしたエルフと違い、体格も筋肉質で醜い。  「ライ、人間だからといって差別したらダメよ。この方は貿易商のキンバリーさん。お母さん、この人と再婚しようと思うの」  呆気に取られた僕にトドメを刺すように母さんが言い放った。  「ライ君だね。お母さんから話は聞いているよ。僕を実のお父さんだと思って慕ってほしいな」  キンバリーと呼ばれた男が、小さな子どもの頭をなでるように僕の頭をなでる。触るなと言いたいが言葉にならない。  僕の父さんは並べば母とお似合いな美男のエルフ。この家は父さんの家だったが、子育てするにはここに母さんと僕が残る方がいいだろうと言って、父さんだけ出ていった。  僕の父さんはその人だけだ。少なくとも今日初めて会った薄汚い人間なんかではない!  仲良さそうに談笑する母さんとキンバリーを前にして、僕は言葉を失ったままだった。母さんがキンバリーと再婚するなら、僕もキンバリーと暮らさなければならないということ? 両親が離婚したとき、人生でこんなにつらいことは二度と経験しないだろうと思ったが、それから一年足らずでそれ以上の絶望感を味わうことになるとは思わなかった。
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