プロローグ

5/13
17人が本棚に入れています
本棚に追加
/101ページ
 翌日、土曜日――  用事があるとイズミに伝えたが、それは父さんと会うことだ。  父さんは離婚しても、月に一度僕と会い、レストランで食事をごちそうしてくれる。会うたびに愛していると僕に伝えてくれる。会うたびに少なくない額の養育費を僕に預け、僕は帰宅してそれを母さんに渡している。  離婚を望んだのは父さんだと聞いている。ほかに好きな人でもできたんだろうねと母さんは寂しそうに笑う。でも離婚してそろそろ一年。父さんがほかの女の人と交際しているという話は聞いたことがない。  レストランの外で待ち合わせてすぐに中に入った。父さんは慈しむように僕の頭をなでる。別居しても頼りになる自慢の父さんだ。  「スキルは上達したか?」  会ってすぐ父さんに尋ねられた。野蛮な獣人である人間にはエルフにはない腕力があるが、神の子であるエルフにはスキルがある。残念ながら僕のスキルは半人前だ。父さんも母さんもスキルの一流の使い手なのに、出来の悪い息子で恥ずかしい。  「〈物語る石〉のスキルをマスターしたよ」  〈物語る石〉とはここにいない誰かのことを思い浮かべ、そのときその人が耳で聞いている音声を目の前にある石に語らせるというスキル。たいしたスキルではない。ほとんどの同級生が去年までにはマスターしていたスキル。僕は先日やっと習得できた。そう。僕はエルフの学校の劣等生だった。  「頑張ったな。ぜひ成果を見せてくれないか」  「僕も父さんに見てほしいと思ってた」  ポケットから石っころを取り出してテーブルに置いた。誰を思い浮かべようかと考えて、昨日顔を知ったばかりのキンバリーを思い浮かべることにした。きっと母さんはあの男にだまされてるのだろう。どうせなら僕のスキルであいつの悪事を暴いてやりたかった。  そもそも母さんはあいつのことを貿易商だと紹介したが、よくよく話を聞いてみればただの悪徳商人だった。  エルフの国では肉食は禁止されている。肉を食べるとスキルの腕が落ちるというのもあるが、人間が肉を食べるというのも僕が肉食を嫌う理由だ。  だから僕は絶対に肉を口にしないが、実は母さんはおいしい、おいしいと言いながら隠れて肉を食べている。僕に隠れて食べるだけならまだしも、こんなおいしいものを我慢するのは間違っていると僕にまで勧めてくるのが腹立たしい。  肉食が禁止されていても、肉の売買は禁止されていない。キンバリーのような密輸業者はみな大儲けしているそうだ。密輸業者はたいてい人間。彼らは人間の国から肉を持ち込み、高値で肉を売り払い暴利を貪っている。  僕は〈物語る石〉のスキルを発動させた。憎っくきキンバリーの弱みを握り、それを母さんにぶちまけることで、あの二人がケンカ別れしてくれるなら申し分ない。そんな気分だった。  はぁ、はぁ……  かすかに誰かの吐息のようなものがテーブルに置かれた石から聞こえてきて、スキルを発動させ続けるにつれて、音声は鮮明になっていった。
/101ページ

最初のコメントを投稿しよう!