プロローグ

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 父さんは僕についてくるなと言った。キンバリーに会いに行くのだなと思った。僕は分かったと嘘を言い、密かに父さんのあとをつけていった。  僕が父さんと会っていて家にいないのをいいことに、母さんはキンバリーを家に連れ込んでいた。でも父さんが向かった場所は僕の自宅ではなかった。キンバリーのやつ、まさか母さんと会ったあとほかの女とも会うつもりか? と思ったら、そのまさかだった。  父さんは僕には使えない高度なスキルでそれを知り、キンバリーの行方を追っているようだ。父さんがキンバリーを叩きのめすなら加勢して、二度と母さんの前に現れる気になれないくらいの制裁をキンバリーに加えたいとワクワクしながら僕も父さんの背中を追った。  父さんの走るスピードが徐々に落ちていく。どうやらまもなく目的地に到着するようだ。その頃からワクワク感はしぼんでいき、代わりにモヤモヤした不安感が膨らんでいった。  ありえない! そんな馬鹿な!  声にならない悲鳴が僕の心の中に響き渡るが、誰もそれに気づかない。父さんが赤い屋根の家の前で立ち止まり、思わず口からも悲鳴が漏れそうになった。  そこはイズミの自宅。土曜日のこの時間、イズミの両親は仕事で不在。イズミが一人で留守番しているはずの家にキンバリーが? 父さんはイズミの家の前でキンバリーが出てくるのをずっと待つつもりらしい。  両親の離婚で僕がどれだけ傷ついたかよく知るイズミが僕を裏切る? 信じられない! 何かの間違いだ! 泣かずにいるのがやっとの状態で立ち尽くしていた。  二時間ほどして玄関ドアが開き、出てきたのはキンバリーだった。満足げな顔をしたキンバリーはすぐに父さんの姿に気づき、歩みを止めた。  「ここはライの婚約者の家だ。おまえ、ここで何をしていた?」  「それは知らなかった。おれはただ肉の訪問販売に来ただけさ。それより、あんただれだ?」  「おまえはライの母親と交際してるだろう? 僕は彼女の元夫だ」  「ほう。奥さんの浮気相手のおれに何も制裁しなかったヘタレ馬鹿か?」  「制裁しなかったのは理由がある。だがライの婚約者にまで手を出しているということなら絶対に許さない! ここで騒ぎを起こすわけにはいかない。2時間後、夕方5時に街はずれの広場に来るんだ」  「行かなければ?」  「無駄だ。僕のスキルで地獄の果てまで追いつめる」  「おっかねえなあ。分かったよ。夕方5時だな。あんたのスキルとおれの腕力、どっちが勝つか正々堂々と勝負しようぜ!」  父さんは視線で殺せるなら殺したいと言わんばかりの険しい表情でキンバリーをにらみつける。キンバリーはスキルを持たない無能な人間のくせに怖くないのだろうか? 相変わらずニヤニヤと嫌な笑みを浮かべたまま、どこかへ去っていった。  二人の今の会話で分かったことがある。父さんは母さんの浮気を知っていた。二人の離婚の理由もきっとそのことなのだろう。ほかの男と浮気した母さんとではなく、僕は父さんと暮らしたい。僕の願いは話せば叶えてもらえるのだろうか?
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