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「殿下、いけません。机の上には、様々な種類の薬草やそれを抽出した薬品が置いてあります。不用意に触れては、何が起きても不思議ではありません。消毒薬の中には、皮膚の表面を溶かす作用を持つものだってあるのですから」
「皮膚が溶ける水だと?」
「それは器具を消毒するためのものです。使い方を誤れば問題があると説明したく」
「ええい、お前の話など聞きたくない。斬り殺されたくなければ、即刻この国から出ていくがいい」
苛立ちを抑えきれなかったのだろう。王子が抜刀し、机の上の薬品類をまとめて床になぎ払った。ガラス瓶が割れ、様々な液体が周囲に飛び散る。その瞬間、うめき声で部屋の中は埋め尽くされた。
「あああああああああああ」
「貴様、一体彼らに何をした!」
屈強な騎士団の男たちが床に倒れこんでいる。中にはもがきながら、胸のあたりをかきむしっている者までみえた。
「私は何も。机の上に置いてあったのは、普段から皆さまに渡している、虫除けや消毒薬だけです」
「それならばなぜ彼らは苦しんでいる。毒でも浴びたかのようではないか。俺だって、咳が止まらない。貴様、皮膚が溶ける薬以外にも人体に悪影響を及ぼす薬を密かに作っていたのではあるまいな」
「違います、私は!」
「黙れ!」
激昂した第二王子は薬品棚の瓶を開けると、中身をエメリンに向かってぶちまけた。問題がないというのなら、その身で証明してみろというのだろう。そのまま頭から薬品をかぶりそうになり、慌てて顔を背けた。
人体に害がないというのは、適切な濃度で適切な処置であってこそ。希釈前の原液が目や口に入ることは避けるべきである。だが、宙に放たれた液体はエメリンの身体を濡らすことはなかった。エメリンの護衛騎士を務めるデニスが、その身で防いでくれていたから。
「エメリン。大丈夫かい」
「あ、あなたこそ。中身は人間には無害のはずだけれど、目や口に入ると何が起きるかわかりません! それに肌にも刺激が強すぎます」
「ああ、問題ないよ。見てごらん。水もしたたるいい男だろう」
「何を言っているんです、こんな時に」
「君が無事で本当に良かった、助けに来るのが遅くなってしまってすまない」
予想外の出来事に一瞬押し黙った第二王子だったが、ふつふつと怒りが湧き上がってきたらしい。
「なんという恐ろしい女だ。護衛騎士までたぶらかしたのか。今すぐ出ていけ、この魔女め!次に会ったら、貴様の首を斬り落としてやる!」
「なるほど。それでは、わたしの契約も解除ということで」
「当然だ、さっさと出ていけ!」
そうしてエメリンは、災いをなす醜い魔女としてデニスとともに追放されたのだった。
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