9人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
「甘いのが苦手なタケシ先生に、俺から甘い薬をたくさんあげちゃうけど、それでもいいのかよ」
「たくさんはいらない。だってそれをもらってる最中に、誰かが入ってくるかもしれないだろ……」
ありえそうなことを指摘したら、歩は納得した面持ちで口を開く。
「じゃあまずは、俺からお薬をひとつ差し上げます」
深く俯く俺の両頬に手を添えて、やんわりと顔を上げさせられたら、嬉しそうにほほ笑む歩と目が合う。
「もちろん夜にもあげるけど、そのときはたくさんあげてもいい?」
「用法用量を正しく守らなきゃ、副作用で俺はおかしくなるかもしれない」
薬はいわば毒の一種――量が少なければ効かないし、多ければ体を蝕む。それは相手を想う気持ちと、同じなのかもしれない。
「おかしくなってるタケシ先生、見てみたいかも」
「もうすでにおかしくなってる。早く薬を寄こせ。さもないと――」
突き刺さる歩の視線から逃れるように、目線を横に向けて薬をねだった。
「さもないと?」
「おまえのことをもっと好っ!」
不貞腐れながら、好きにならないと告げかけた言葉を、カサついた唇が塞いでとめる。
俺の両頬を包み込む大きな手と、押しつけられる唇が意外と優しくて、蓄積された疲労とか、歩をかまってやれなかった自分のイラつきなど諸々含めて、キレイさっぱり一気に昇華していくのがわかった。
「タケシ先生、効いた?」
ただ唇を重ねた、数秒間という短い時間のキス。たったそれだけで、不思議と気持ちに余裕ができてしまうなんて、驚きしかない。
「おまえがいなきゃ、俺はダメみたいだな。まいった……」
自分の首に手をやり、襟足の髪を意味なく撫で擦る。
「今頃それに気づくとか、すげぇ遅いって」
にんまりほほ笑む歩がにくたらしかったものの、自身の失態を挽回してもらった手前、あまり強いことは言えななかった。
「恋愛に不器用な俺に、今後も定期的に薬を寄こしてくれ」
「わかってるって。タケシ先生ってば医者のくせに、看護師の俺に薬をねだるなんて、かわいいお医者さんだよな。今すぐ注射でも打つ?」
「はあ? なに言ってんだ。いらないよ、そんなもん!」
「またまた~! ホントはお注射欲しいクセに!」
調子に乗った歩は声をたてて笑って、俺の肩を痛いくらいにバシバシ叩く。
「歩、いい加減に――」
「周防先生と歩くんっ、診察室の外まで声が聞こえてますよ」
ノックと同時に、ベテラン看護師の村上さんに注意されてしまった。
「先輩すみません。周防先生と一緒に気をつけます!」
俺が謝る前に歩は大きな声をあげて、みずから謝ってくれた。
「タケシ先生、貸しはひとつにしといてあげる。せいぜい俺から与えられる薬の種類に悩んで、おかしくなっちゃえばいいんだ」
してやったりな顔で出て行った、安定剤という名の俺の恋人。果たして俺は、用法用量を正しく守って、服用することができるのだろうか。
「この恋は甘くない――」
アイツが出て行った診察室の扉を眺めながら、ついぼやいてしまう。
歩との恋愛歴は長いというのに、いつまで経っても、甘くなることはない。それは俺のせいなのだが。
「また俺から歩に薬をねだるとか、そんなの無理に決まってるだろ。恥ずかしすぎる!」
ほかにも文句を大声で垂れてしまい、ふたたび村上さんに注意されてしまった俺。安定剤になる看護師が傍いないとダメなことが、嫌でもわかってしまったのだった。
おしまい
閲覧とお星さま、ありがとうございました。
最初のコメントを投稿しよう!