くすりは正しく使いましょう! 小児科医周防武の最後の恋番外編

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「甘いのが苦手なタケシ先生に、俺から甘い薬をたくさんあげちゃうけど、それでもいいのかよ」 「たくさんはいらない。だってそれをもらってる最中に、誰かが入ってくるかもしれないだろ……」  ありえそうなことを指摘したら、歩は納得した面持ちで口を開く。 「じゃあまずは、俺からお薬をひとつ差し上げます」  深く俯く俺の両頬に手を添えて、やんわりと顔を上げさせられたら、嬉しそうにほほ笑む歩と目が合う。 「もちろん夜にもあげるけど、そのときはたくさんあげてもいい?」 「用法用量を正しく守らなきゃ、副作用で俺はおかしくなるかもしれない」  薬はいわば毒の一種――量が少なければ効かないし、多ければ体を蝕む。それは相手を想う気持ちと、同じなのかもしれない。 「おかしくなってるタケシ先生、見てみたいかも」 「もうすでにおかしくなってる。早く薬を寄こせ。さもないと――」  突き刺さる歩の視線から逃れるように、目線を横に向けて薬をねだった。 「さもないと?」 「おまえのことをもっと好っ!」  不貞腐れながら、好きにならないと告げかけた言葉を、カサついた唇が塞いでとめる。  俺の両頬を包み込む大きな手と、押しつけられる唇が意外と優しくて、蓄積された疲労とか、歩をかまってやれなかった自分のイラつきなど諸々含めて、キレイさっぱり一気に昇華していくのがわかった。 「タケシ先生、効いた?」  ただ唇を重ねた、数秒間という短い時間のキス。たったそれだけで、不思議と気持ちに余裕ができてしまうなんて、驚きしかない。 「おまえがいなきゃ、俺はダメみたいだな。まいった……」  自分の首に手をやり、襟足の髪を意味なく撫で擦る。 「今頃それに気づくとか、すげぇ遅いって」  にんまりほほ笑む歩がにくたらしかったものの、自身の失態を挽回してもらった手前、あまり強いことは言えななかった。 「恋愛に不器用な俺に、今後も定期的に薬を寄こしてくれ」 「わかってるって。タケシ先生ってば医者のくせに、看護師の俺に薬をねだるなんて、かわいいお医者さんだよな。今すぐ注射でも打つ?」 「はあ? なに言ってんだ。いらないよ、そんなもん!」 「またまた~! ホントはお注射欲しいクセに!」  調子に乗った歩は声をたてて笑って、俺の肩を痛いくらいにバシバシ叩く。 「歩、いい加減に――」 「周防先生と歩くんっ、診察室の外まで声が聞こえてますよ」  ノックと同時に、ベテラン看護師の村上さんに注意されてしまった。 「先輩すみません。周防先生と一緒に気をつけます!」  俺が謝る前に歩は大きな声をあげて、みずから謝ってくれた。 「タケシ先生、貸しはひとつにしといてあげる。せいぜい俺から与えられる薬の種類に悩んで、おかしくなっちゃえばいいんだ」  してやったりな顔で出て行った、安定剤という名の俺の恋人。果たして俺は、用法用量を正しく守って、服用することができるのだろうか。 「この恋は甘くない――」  アイツが出て行った診察室の扉を眺めながら、ついぼやいてしまう。  歩との恋愛歴は長いというのに、いつまで経っても、甘くなることはない。それは俺のせいなのだが。 「また俺から歩に薬をねだるとか、そんなの無理に決まってるだろ。恥ずかしすぎる!」  ほかにも文句を大声で垂れてしまい、ふたたび村上さんに注意されてしまった俺。安定剤になる看護師が傍いないとダメなことが、嫌でもわかってしまったのだった。 おしまい 閲覧とお星さま、ありがとうございました。
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