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晩秋の頃におこなわれる学会に向けて、隙間時間をうまく使い、診察室にて勉強に勤しむ。
地域密着型のアレルギー専門小児科医院の院長として、普段から忙しく仕事をこなす毎日。その関係で、なかなか時間がとれないのが現状なのだが。
「…………」
「……俺を見ていないで、仕事を見つけたらどうだ。そこの新人さん」
最新医療が載ってる雑誌に目を通していると、恋人で男性看護師の王領寺歩が、しゃがみ込みながら、ジト目で俺をガン見する。
「おい、聞いてるのか?」
「俺はただ、タケシ先生を見てるだけなのに、邪魔をしてないだろ」
「邪魔してるって。おまえのその存在感が!」
「俺の存在を感じてる時点で、勉強に全然集中してないってことだろ。それってダメじゃん」
説得力を持たせるように、利き手の人差し指を立てながら、ドがつく正論をぶつけられたせいで反論の余地なし。だが、抗わずにはいられない。
「しゅっ、集中させるように、俺に気を遣ってくれてもいいだろ……」
動揺が声色に表れてしまい、心情がダダ漏れするという、いいとこなしの俺。
「タケシ先生、あったかいお茶とコーヒー、どっちがいい?」
「う~ん、今はコーヒーの気分かな」
気を遣えと言った俺のセリフに、歩はすかさずナイスな問いかけをした。付き合いたての頃は、言われたことに対して文句をたれていたのに、最近は自分で最適な環境を作ろうと考え、動くことができる。
(――どんなにバカでも、成長するもんだな)
「わかった、作ってくる」
いつもなら難癖つけて、少しでもこの場に長く居座ろうとするクセに、今日に至っては妙に引き際が良すぎると言えよう。
「午後から雨が降ったりして……」
誰もいない診察室の中、身震いつきで怯えて見せても、ムダな演技にしかならない。そのことにみずから失笑し、軽くため息をついて気持ちを切り替え、ふたたび雑誌に視線を落とした。
内容を頭の中で噛み砕きつつ、学会のテーマと重なった部分を書き写そうと、万年筆を走らせていたら、診察室にコーヒーの香りが漂う。
勉強の邪魔にならないように傍らに置かれた、愛用しているマグカップを確認し、患者用の椅子に腰かけて、褒めてほしそうな恋人の面持ちを見たからこそ、『ありがとう』と言いかけた瞬間――。
「タケシ先生、俺にお薬を処方してほしいです!」
「おまえ、どこか悪いのか?」
もたげていた自身の首をしっかり上げ、歩の顔色を窺いながら、すぐさま訊ねる。高校3年生の頃、歩は甲状腺ガンを患っていた。ここにきて、どこかに異常でもきたしたんだろうか。
「タケシ先生が俺のことをもっと好きになってくれる、そんなお薬はないかなぁってさ」
「……なんだそりゃ?」
心配する俺の気持ちを無にするようなセリフで、緊張が一気に解けた。胸を撫でおろす俺を見ているのに、歩は真面目な顔を崩さずにふたたび強請る。
「タケシ先生は名医だろ。いいお薬ないですか?」
「薬には副作用ってものが必ずあるけど、それでもほしがるのか?」
子どものようなおねだりに呆れ果て、あえて質問で切り返しすると、目の前にある歩の口から『あっ!』という声が漏れ出る。
(それでも薬を欲しがるおまえは、どんなことを言うだろうか。もしや副作用のない薬を寄こせなんて言ったら、そんなものはないと突っぱねるがな――)
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