2章 過去の話

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「え、お父様が失踪なされたんですか?」 「その部分も話した方が良い?」 「そうですね、御父上は救済の園の信者だったこともあると聞きましたし」 「ストレスが溜まるとね、これはあまり関係のない事だし。めったにあることじゃないから気にしないで」 後藤は頷いた。矢口が少し困惑したような顔をしている。 ただ彼女は私たちの事をなんでも教える、という条件で私たちの事を世間に黙ってもらっている状況だが、個人の疾患について長々語る義理も無い。 あくまで、フルタの事について知りたいというのがこのジャーナリストの言い分だろう。 テロを起こした宗教団体由来のスクープだなんて、その分危険度も高いのだろうが、ギラギラ輝く目からはイマイチそこら辺を承知しているのかわからない。 「じゃあ、父の失踪についてお話しましょうか」 どうやって語ろうかと思考を巡らせる。 矢口が手持無沙汰に紅茶を飲んでいるのを見つめながら、ゆっくりと語り出した。 『さよなら もどりません』 夜勤のバイトから帰って来た私を出迎えたのは、ミミズがのたくった方がましに思える書き置きだった。 外から聞こえる虫の鳴き声が途端に耳鳴りに置き換わる、バッグを取り落とす音だけが嫌に耳についた。 薄汚れた机の上に乗っているその書き置きは、カレンダーの切れ端だ。 まるでお前はその程度の存在だと言われているようで。 思考が固まったのはほんの一瞬だった、ぶるぶると肩が震えだし、いやに力のこもった喉からひっくり返った声が迸る。 「あのクソ親父とうとうやりやがった!」 握りこんだ拳、掌に突き刺さる割れた爪。 何故か震えだした左の瞼、その下の目は居もしない父親の顔を射貫くかのように、じっと書き置きを睨んでいた 私の脳裏にまず浮かんだのは怒りでも、悲しみでもなく、あのクソ親父とうとうやりやがった、という先ほど口から飛び出た台詞がそのまま反響し続けた。 大学生のサークルで私の両親は知り合ったらしい。 田舎から上京してきた父は、サークル活動のさなか母と共に宗教団体に加入しそこで結ばれ、学生の身で私をこさえた。その後宗教団体から逃げだしたはいいものの、残ったのは自業自得で失った単位と家族からの信頼。得たものは世間からの冷たい目と、邪魔者の私というわけだ。 詳しく教えてくれることは終ぞなかった、父親は私の事など見えていないようであったし、母親の方は私が3歳の時に自殺した。 幼いころ、死なれても面倒だとでも言うように世話に来た父方の親戚が、吐き捨てるように語ってくれたのはそれ位だ。 そんな父親を持つわけだから、私は宗教にはまって破滅した両親の子供として、世間から疎まれて育っていく羽目になった。 父親は自身の身に起きた悲劇を飲み下せないらしく、いつだって呆けていた。 時折ネジを巻かれた猿の人形のように、己がはまっていた宗教の事を調べ出し、ミミズののたくったような文字でレポートのようなものを書いては、少しして急に充電が切れたように横になり、私に介護されながら飯を食い、排せつをし、着替えさせられて。 死んでいるのだか生きているのだかわからない生き方をしてきた。 一度殴ってみたりすればよかったかもしれない、万が一反撃されたらかなわないのでやらなかったが、少なくとも殴り返してくることで私に意識が向いたかもしれない。 調べていたレポートはどこかに売り込んでいたのか、まったくの無収入というわけでは無かった。 それでも、ひったくるようにして管理していた通帳の残高から、とてもじゃないが高校へはいけないと自分で判断し、自分で高校進学という人生のコースを断ったのだ。 定時制はどうかと打診されたこともある、でも昼間に働いて夜は授業を受けている間、この死んでいるのだか生きているのだかわからない父親の世話は、一体だれがすればいいのか。 電池が切れた父親というのは本当にひどく、ベッドで糞尿を垂れ流すこともあったのだ、そこまでになる事は比較少なかったが、まったくないわけでは無い。 年を経るごとに父親の死んだような生きざまは強固になり、布団に横になっている時の方が長いような日が増えて行った。 中学卒業間際、私の生活を知った教師は、生活保護とかは? 社会福祉に頼るとか、なんて軽く提案してきたこともあったが、なんだかもう何もかも面倒だった。 宗教のせいで母親が自殺した、そんな家の子が生活保護を受けているらしい、父親がいるのに働いていないんだって、父親は頭がおかしいらしいよ。 そう言われるのだろうなと思うと尻込みした、というのもあった。 散々腫物扱いされてきて、もう無理だ、これ以上は耐えられない、耐えたくない。 父親を病院に連れて行こうと思った事が無いわけでは無い。でも私の腕じゃとても引っ張っていけない。 両親の実家とも絶縁状態だ、子供の頃は嫌々世話を焼いてくれた親戚も、今では電話をするだけでなんとも迷惑気な声が聞こえてくる始末。 いっそこの父親を殺して自分も死んでやろうかと思ったが、どうしてもできなかった 何もかも面倒で、何もかも嫌いだった。 それでも殺さないようにと日々我慢して、今日という日までこの家で暮らしてきたって言うのに。 父親に変化があったのは昨日の夜の事だ。 TVのニュースに、父親が加入していた「救済の園」という宗教団体が、監禁および虐待で緊急逮捕されたと報道され、それを父親はポカンとした目で見ていた。 髭も剃っていない小汚い父親がテレビにかじりついて、表示された八人の幹部連中を見て震えている。 そんな背中を見つめながら、心の中で罵倒した。 お前が信じていた宗教、犯罪集団じゃん。 しかも監禁罪、それも女。 思わず下世話な事を連想して背筋が薄ら寒くなる。 同時にそんなところに父親は所属していたのかと心底軽蔑し、今まで父親に触れて来た自分の手だとかが、汚れているような気がして軽く擦った。 父親はニュースが終わり、CMに移り変わってもしばらくテレビを凝視していた。 震えというより痙攣が近いような震え方をしながら、歯を鳴らして。それでもじっと見ていた。 やがてテレビが深夜滞の番組に切り替わり、私が夜勤に出かける時間になった頃。ようやくふらふらとリビングに置いてある組み立て式のベッドに滑り込むようにして消えた父親を見て、私はテレビを消した。 会話は無かった。 どうせ何も返って来ないからと、声をかけないまま私は夜勤に向かったから。 そしたらこれだよ 紙片をひっつかみ力任せに壁に投げつける。 何がさよならだ、お前が撒いた種だぞこっちは。 お前が撒いて大した世話も焼かず、お前の面倒を見て来たお前の娘だぞ、最低限の義理くらい果たせないのか。 いつも黙り込んだ父親の顔を思い出す。 せいぜいあの父親なんて言うものは、被虐待児として私が施設送りにならないように立てておく案山子程度の役にしかたっていない。 いや、いっそ施設送りになって父親なんて更生施設にでもぶち込まれてしまえばよかったのだ。 私の19年は何だったのだ。 激情のままに台所に駆け込む。 シンクにぶつかりながら引き出しに手をかける。浅く引っかかった爪が割れる感覚がしたが、構わず引き出しのレールが壊れる勢いで開けた。 父親の使っていた青い茶碗を取り出し、思い切り床にたたきつける。 ゴカシャッと、甲高い音を立てて、私が買ってきた光沢のある茶碗はあっけなく割れた 食う事に頓着しない、生きているのかいないのかわからない父親を、見捨てたら何の抵抗も無く死んでいきそうな父親を、私が高校に行けなかった第一の原因である父親を、そもそも私に興味もない父親を、せめて死なないようにと飯を盛ってやったのはどこの誰だと思っていやがる。 カップ、皿、味噌汁茶碗、大して数の無い父親専用の物、そのことごとくを音を立ててガラクタに作り変える。 何も贈ってくれなかった父親への、不信感と怒りばかりを抱いてきた人生だった。宗教のせいで母親が自殺した家だと後ろ指刺され続けた人生だった、引っ越そうと提案しても聞いているのだか聞いていないのだかわからない顔で黙殺され続けた人生だった。 その仕打ちがこれか? 誰のおかげで生きて来られたと思っていやがるあの恥知らずめ。 簡易ベッドに包丁を突き刺す。 父親というと、ここに寝転がっているのが常だった。 いつだって、私に背を向けて眠っていたのだ。 「野垂れ死ね裏切者!」 プラスチックやら布地が部屋に舞い散るほど包丁を振りかざして、毛布を引き裂いて壁に投げて。 ひぃひぃと喉が今までに鳴った事のない音を立てているのをしばらく聞いた後、面倒になって床に転がる。 夜勤で疲れているんだった。 隣の部屋の住人が、壁をドゴドゴと叩いている。こちとら父親が夜逃げしたんだぞ、大目に見ろ。 目の前のフローリングに、埃と綿が雪のように降り積もっていく。 もう何もかもどうでもいい。 あんなクソでも父親だったから、せめてものなさけで面倒を見ていたって言うのに。 憐れさ余って憎さ百倍。 どうぞ裏切者は知らぬところで死んでくれ。 惨めったらしく、死んでくれ。 死体を犬に食われろ。 この世で一番惨めな方法で死ね。 「地獄に落ちろクソ親父」 ふと目を覚ます。 怒りのトップスピードのまま当たり散らした部屋はなんとも無残で、いろいろと諦めがついた。 とりあえず時間を確認しようと、あちらこちらにばら撒かれた瀬戸物の破片をよけながらテレビのリモコンを探すも、結局見つけられずに本体の電源ボタンを押した。 画面が斜めったテレビには朝の7時20分の文字。 このテレビも私が稼いで買ったのだ。 念願かなって買ったテレビは、中学を卒業した私にとって、どうにか話題を合わせようと思う同級生もおらず、父親が常に眺めているだけのものになってしまったのだけれど。 手に入らなかった頃はあんなに輝いて見えたというのに、今ではどこかもの悲しい。 泣きそうになりながら、昨日と同じチャンネルをぼんやり眺める。 その中で、昨日報道されていた「救済の園」が今日には移送される事をコメンテーターが話し始めた。 確かに、あの警察署には大した設備がない。なにせこの町は海しかない田舎町だ。 少し陸地に登れば刑務所のある大きな街がある、だがここには何もない。 テレビに映し出される犯人の顔写真を眺める。 少なくとも、私よりは顔色が良いヤツばかりだ。 女の子を監禁していたような人間が、私の税金使って牢屋の中で飯を食うのだろうか。 昨日の私なんて、賞味期限が切れた200円のクロワッサン詰め合わせを食べていたというのに。そう思ったら自分自身がずいぶん惨めだ。 父親の失踪、こんなものどこにどう届け出を出せばいいのだろう、それこそ警察署なのだろうか。 もう何もかも面倒だ。 こいつら、そう、救済の園さえ無ければば私は生まれなくて済んだってわけだ。 だってそうしなきゃ父と母は出会わなかったわけだから。 むくむくと、恨みや妬みが沸き上がる。 一度見に行こうと考えた。 顔を見て、クソ野郎と叫んでやろう。 それで警察に取り押さえられようが構わない、一言でいいのだ。そう思った。 一通り叫んだらその足で失踪届を警察署に出してやろう、これぞ一石二鳥。 渚町西警察署から移送されるのは1時間後だ、中継がそう言っている。 埃とガラクタでグチャグチャのリビングからどうにかバッグを発掘する。ノロノロと服を着替えて、辛うじて顔を洗った。 震える吐息を抑え込んで、しっかり鍵を閉め、玄関先から空模様を確認する。 そこにあったのは、嫌味なほどに晴れ渡った空だ。
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