2章 過去の話

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 フルタは、私の父の失踪話を、随分熱心に聞いていた。 時折床に散らばるガラクタを見ては、私の錯乱を想うかのように目を細めている。 感情任せに語る不満、そんなモノ聞いてもつまらないだろう。 だというのにフルタは、愚痴じみたソレに相槌を打ち続ける。 正直ずっと外の世界を生きて来た私よりも、よっぽど会話能力が高いのではないかと思った。 どうしてそんなに親身になって聞けるんだと問えば、深夜のラジオと母親のご高説で学んだよと返されて思わず閉口する。 途中そんなフルタの身の上をはさみつつ、静かに話し合いは続いて行った。そうして、私たちの目的のすり合わせに移る。 「それで、私を誘拐犯だと脅迫して何がお望みなわけ?」 「お望み、お望みねえ」 フルタは座りながら、足元に転がる数多のガラクタをまるで恥ずかしがる子供のように指先でかき混ぜている。 もじもじしながら、不意にガラクタの中から転がり出たテレビのリモコンを拾い上げ、テレビをつけた。 荒れ狂う部屋の中でテレビの音だけが静かに流れる。 「いや何急に」 「え、テレビってつけて使う物でしょう?」 「別にあったらつけなきゃいけない決まりがあるわけじゃないよ」 「あら、そうだったの。病院ではずっとテレビを見ていたから。あ、あとね私の望みなんだけど、苅田と一緒に居られればそれでいいの」 「しばらくここで匿えと? それ遅かれ早かれ私は誘拐犯かつ監禁犯として捕まるよね」 「そこまでは考えていなかったわ」 これはよくよくおかしな人間につかまってしまったかもしれない。そりゃあ生まれて来た時から監禁されて来たというのだから、常識や思考の擦り合わせが上手くいかない事はしょうがない事なのだろうけど。 「理由が分からないんだよ、あんたがわざわざ私を脅してまで私の家に転がり込む理由が。あんたは純粋な被害者だろ、世間はあんたの味方してくれると思うんだけど」 「強いて言うなら、苅田と一緒に居たい理由は君の事が好きだから。心が安らいで、ずっと触れていたかったから」 「気が狂っているのか?」 ダメだ、私には手に負えそうにない。 私のどこに癒される要素があるんだ。 あれか、愚かな人間は見ていて滑稽で愛しいな、みたいな癖(へき)なのか? 「私は苅田と一緒に居たい、苅田は私と一緒に居れば警察に自分の事を言いふらされない。いいね、両方にとっていい事だね」 「頼むからちょっと黙っていてくれないか?」 じわじわと、遮光カーテン越しに感じていた外の明るさが薄れていく。 軽薄な笑い声が響くテレビに目をやれば、もうすぐ夜の七時だった。 キュルルと私の腹が鳴る。 そういえば今日は、朝から何も食べていない。 空腹から気を逸らそうかと思ったが、これじゃあ唯でさえ錆びついた脳が余計鈍るだろう。何か食べよういったん休憩、と会話を切り上げた。 この荒れ果てた部屋ではとても料理は出来そうにない。仕方が無いので、納戸に仕舞い込まれていたクッキーを引っ張り出す。 これくらいしか食べられるものは家に無かった。仕方が無いのでフルタにもクッキーを渡し、テレビを眺めながら二人してクッキーを齧る。 これからどうすればいいのかという答えのない問に、悩んでいるのは私だけのようだった。 フルタはカリカリとクッキーを齧り、適当に渡した麦茶のペットボトルを抱えてテレビを眺めている。 悠長なものだ、現状としては、フルタは追われる身だというのに。 ポリポリカリカリと小動物の餌場のような音を立てながら、しばらくテレビを眺めるだけの時間。だが、そんな穏やかな時間は長く続かなかった。 『新興宗教「救済の園」にて監禁されていた女性、入院中の病院より失踪か』 そんなテロップがテレビ画面に踊る。それと同時にフルタの顔が画面中央にパッと表示されてしまった。 「わあ、私だ」 「うわ」 『教団により監禁されていた女性が、本日未明より行方不明になっていることが判明。警察は渚町西警察署にて起きた教団員による事件との関連を視野に』 じわじわと血の気がさがっていく。 放送されているのは全国ネットのテレビだ。 まずい、わかりきっていた事だが非常にまずい。 テレビに放送されるという事は警察がすでに動いているだろう。 そもそも、昼間の時点でフルタの顔は管理人に割れている! 「おい逃げるよ」 「どこへ?」 「当てはないけどここに居たらすぐ捕まる」 指の間が嫌に湿り始める。 襟足からダラダラと冷や汗が滴った、今日ほど冷や汗をかいた日は無い気がする。 バッグの中に貴重品はあらかじめ入れておいたから、それを持つだけで準備は完了だ。少なくとも私は。 問題はフルタだった。白のシャツに白色のウィンドブレーカーというちぐはぐな格好のままでは嫌に目立つ、月明りだけで白色が煌々と光輝く未来が見える。 隣人に音が漏れないように、自分の部屋に素早く入った。 タンスの中から適当なTシャツとウエストがゴムになっているスカートを探し出す。 「フルタ着替えて」 体格は違うが、見苦しいほどではないだろう。フルタはTシャツの手触りを確かめるように数度撫でた後、その場でもたもたと着替え始めた。 恥じらいとかないのか。なんて思いつつ同性とはいえ目線をずらした。 監禁されていたとは言っていたけれど、ずいぶん大事に囲われていたのだろうか。一瞬見えた肌には傷ひとつ、沁みひとつ見当たらない。 着替え終わったフルタにマスクを渡し、帽子を被せて準備は完了だ。 「とりあえず、あまり繁華街の方面には出たくない。住宅地の監視カメラのなさそうなところ……阿蛭川沿いの住宅地なんて人通りが少なくていいかもしれない、とりあえず行くよ」
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