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幕間
温く湿った何かが、脛のあたりを行き来するのに気付いて目を開けた。
「あ、起きちゃった」
私の脚を誰か拭いていたようだ。
「喉が渇いたでしょう? 少し起こすね」
相手の腕が、私の肩に絡んで上体を引き起こし、ズリリと温かで柔らかい何かが地面と私の間に割り込んできた。
何だか無性につらかった、寂しく、悲しく、どこか諦めていた。
そこはどこか懐古の念にも似ている。
でも、私は、いったい何を懐かしんで悲しんでいるのか。
「あぁ、泣かないで、大丈夫。私が守るからね」
私を覗き込む目、それを覆うまぶたの上に、朝焼けのようなきらめきが乗っている。
体のどこにも力が入らなかった。
「うんうん、疲れているよね。ゆっくり飲んで、また眠りなよ」
差し出された水が、ゆるりと口内に伝い、細く喉を通っていく。
この時初めて、ひどく喉が渇いていることに気付いた。
少しむせながら水を飲み干し、また寝かされればボンヤリと空を見る事しか出来なくなる。
眼下では、踝を白い指が掴むのが見えた。湿った柔らかい何かが、ズリズリと土踏まずを擦っていく。
「眠っていて。奇麗にしているだけだから、前に言っていたよね、幻覚を見るのが得意だ、なんて。そうしていて。どっちの世界が夢なのか、現実なのか、わからなくなるまで眠っていてね」
留守番を子供に頼むような気軽さで、女は私に眠ることをに言いつけた。
目の前に私の裸の肉体が在るというのに、特に何の感慨もなく拭き上げているままで、だ。
脚の指の股を丁寧になぞりながら、眠れ眠れと歌いかけてくる。
「消毒液とか置いてあれば良かったんだけど、この家何にもないんだもの。本当に物置にしか使う気が無かったのかな」
パタリと目を開ければ、女が焦ったような顔で私の目を覆う。
気にしないで、せっかくぼんやりしているんだもの、そのまま続けて。
おかしなことを言いながら、女は穏やかに語り出す。
「ここは狭い世界だよ。でもね、地面は草原で、茶色の空に白い太陽、細い滝に、風を運んでくる渓谷もある。あなたがそう思ってくれればそうなるよ。もう少し夢に浸ってくれれば、私が連れ立って案内してあげる、だからもう少し、ここで眠っていてね、目が覚めたら私と遊ぼう」
今まで眠っていたのにそうそう眠れない、そう言いたいのに頭は霞がかっていく。
体の渇きも痒みも痛みも遠のいていく。
夢の淵へ突き落とされたように、私の意識は掻き消える。
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