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だが損保会社は、あれだけ呉越同舟、一蓮托生の仲だったのに、躊躇することもなく、うちの会社や、又は、この私に損害賠償請求を求めてきた。 今日ここで損保会社の担当者と会うことになっている。 お前んとこは、前にウチに出向してきて、不正の実態を全部知っていたはずだ。 なのに何も言わずに隠蔽に一枚噛んできた証拠なら山ほどあるぞ。 なんなら奴らの出方次第によってはそれをきっちり見せつけてやる。 その上でまだ私にまで賠償請求をするというなら、お前らの不正の実態を世間にばらまいてやる。 そう警告してやるしかないと思った。 部屋に入ってくるなり、損保会社の担当者は私を見て申し訳なさそうな顔をしていた。 「どうしても損害賠償請求をするおつもりですか?」 私は静かに、しかし少しドスを効かせてそう聞いた。 「残念ながら…」 担当者は俯いたまま、そうボソボソと呟いた。 「それならお宅の損保会社がうちの会社に出向していた時に、様々行われていた不正の実態を知っていながら黙認していた事を世間にお話ししなければなりませんな。現場の会議には出向していたお宅の社員も参加していたはずで、それで現場の不正の実態を知らなかったでは通らないと思いますが。その証拠を出せと言われるなら、こちらはいくらでも警察でもマスコミでも世間に公表することが出来ますが」 私はやや威嚇的な言い方で、そう相手に告げた。 「たぶん、そうおっしゃると思いました。そうなれば私どもも多少の社会的ダメージを受けなければなりませんが、しかしですね…」 「何ですか?」 「それで私どもの会社が倒産してしまうというほどの事態にはならないと思います」 「倒産しないまでも相当のダメージを負うのではありませんか?信用第一の商売であるお宅が完全に信用を失墜するわけですから」 「それは致し方ありません。しかし会社が完全消滅すると決まったわけではない」 「一体さっきから、あなたは何をおっしゃってるんですか?」 そう、こいつはさっきから何を馬鹿げたことを繰り返しているんだ? 「実はあなたの会社に損害賠償請求をしないと、私どもの会社は確実に消滅することが決定しているのです」 担当者は目をつむって静かにそう呟いた。 「損害賠償請求をしないと会社が消滅する?馬鹿な、その逆ではありませんか?」 「いや、逆ではありません。失礼ながら、あなた方は私どもの会社に多少のダメージを負わせる事は出来ても、さすがに消滅させるだけの力はありません」 「まぁ、それはなんとも…。あ、ひょっとして警察や政府が調査に乗り出すと言っていましたが、そちら側からの圧力を受けているということですか?」 「いや…そういうわけでは…」 「では何ですか?どう見ても政府の調査委員会か何かから脅されているとしか思えませんが」 「あなたは今の政府を買いかぶりすぎです。政府がこうした問題に、わざわざそこまでの圧力をかける必要性などどこにもないのです」 「でもかなり力を入れて調査するようなことを大臣が会見で言っていましたが…」 「それは、これだけ世間で派手な大問題になっているのに、政府が"まぁ適当にやりますよ"とは言わないでしょう。そんなふざけたことを言っていたら、それこそ批判の矛先が自分たち政府の方に向いてしまいますよ。それに…」 「何ですか?」 「政府はお宅の業界などどうでもいいと思っているんです。寧ろお宅の業界に対抗している業界にかなり肩入れしているのです。そんな政府にとって、あなたの会社が大問題を起こしてお宅の業界自体がかなりダメージを負った事は、寧ろ"渡りに船"というか、思わぬ漁夫の利とでも言うのか…」 「何?では、一体何がお宅の損保会社を消滅させるというのですか?」 「私どもはあるところから、今回のお宅の会社への出向社員の問題以外にも、他の案件における様々な問題点を指摘されております。その数が尋常ではなく、その問題点についての証拠を全て相手側に握られております」 「何ですか?それは!」 「分かりません。ただそれらを全て世間に公表されるとなると、もはや間違いなく私どもの会社は完全消滅します。逮捕者も出ます。そうなると逮捕者は私どもの会社の幹部だけにとどまらず、あらゆるところに派生していきます。実は政府から全く圧力がなかったわけではありません。政府が心配しているのは、その逮捕者の派生の方です。つまり自分たちに火の粉が降りかかることを恐れているわけです」 「それで自分たちの身を守るために私どもを攻撃すると…。ではこちらも最大限、お宅の損保会社が今回の不祥事を最初から全て把握していた旨を世間に公表しますがよろしいですか?」 「もはや多少のダメージは覚悟の上です。しかし会社が完全消滅してしまうよりはマシですよ。何ならうちの会社の社長をすげ変えて、お宅に出向していた社員のクビを切るだけでいい。たぶんそれで社会的責任というものはほぼ終了しますよ。なんせこの問題は、お宅が巻き起こした大問題であって、損保会社は間接的な立場でしかありませんから。ウチはオタクのようなオーナー会社ではないため、社長などというものは本当のトップではなく、株主が実質上のトップです。その人たちがあんな社長はいらないとクビを切ってしまえばそれでおしまいです。まぁ一時的に会社の株は暴落しますが、それも一時的です」 「そんな…社長のクビ切りで誤魔化そうなんて、そんな卑劣な…」 「その点については、お宅とまるで一緒ではありませんか。その上でお宅から損害賠償請求を厳しく後で行ったとなれば、世間も私共を味方してくれるし、まぁ多少の社会的責任を半ば果たしたと見てくれる向きも出てきます。少なくとも、会社が完全消滅してしまうことはないでしょう」 「そんな…!では全ての責任を私に押し付けて、金までふんだくるということですか!そんな卑劣な…!」 「失礼ながら、全ての責任を新社長に丸投げして、この後会社が倒産しようがそんな事は知ったことではなく、会社で儲けた自分の資産を全て自分の資産管理会社という懐に入れたまま何一つ責任を取らない人に、卑劣呼ばわりされる筋合いはないと思いますが」 「だがあんたは、その私の資産を今、もぎ取ろうとしてるじゃないか!」 「全ては道義的責任というやつです。私があなたのお金を懐に入れるわけじゃない。残念ながら、"道義的責任"というプログラムがこの度発動してしまったのです。もはや人間の力の及ばないところで…」 「ど、どういうことですか?」 「この"道義的責任"というプログラムは、私どもの長年行ってきた、そして長年隠蔽してきた不正の数々を全て完全に把握しています。勿論、お宅の不正も完全に把握していますよ。だから"道義的責任"という、このAIプログラムは、謂わばこの度、私どもを使って、お宅に道義的責任を取らせようとしてるんですよ。これに逆らえば、私どもが破滅します。まるで除草剤を撒かれた木々のようにね。まだシンギュラリティ(技術的特異点)と言われる2045年ではありませんが、もはや確実にその時代に入ってるんです。この"道義的責任"という名のAIを誰が作動させたのかは分かりません。しかしもう作動してしまったんですよ。これが一旦作動を始めると、まるで除草剤を撒かれた木々のように、全ては"道義的責任"において刈り取られます。時代は変わったんです。全てはシンギュラリティの時代に向かっているんです、良くも悪くも…」 「…。」 私の"鉄壁の要塞"のはずだった資産管理会社から根こそぎ全てを奪いやがったのは… 人間ではなかった。 (終)
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