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今日は会見をしなくちゃならない。 本当はそんなものやらずに済ますつもりだったが、マスコミが大騒ぎしやがって仕方ないのでやることになった。 まあ取り敢えず社長は辞任しておくことにしよう。 それと引き換えに、会見では、問題を起こしたのは現場の人間たちであって、社長以下幹部は全然知らなかったということにしておいた。 こちらは調査委員会の報告書で実態を初めて知った。 驚愕の事実に愕然となった、ということにした。 損保会社はうちの執行役員だったこともあるが、損保会社自体はこの実態を知らなかったと言っておいた。 あいつらは現場の会議に同席してるんだから、本当は知らないわけはないんだが、一応呉越同舟なのでそこは助け舟を出しておいた。 私が不正をやれなんて指示を出したことはない。 ここは特に強調して言っておいた。 不正はすべからく現場の人間が行ったことであり、そういう社員を刑事告発するつもりだと言ってやった。 あいつら、散々会社の内情バラしやがって。 だがそう言うと、すぐにうちの弁護士が青い顔をして、 「刑事告発なんて、そういうことを言うと、現場の社員の側から報復的にいろんな証拠や証言を出されて、様々なリークによって、こっちが大変なことになりますよ」 と注意されたので、 「まぁ刑事告発はちょっと可哀想なんでやめときますわ」 と言い直した。 これで自分がもう経営には関わることはなく、社長辞任ということで、世間的に責任を取った形になるから、まあまあこれでいいだろう。 新社長は、イエスマンの幹部社員の一人に任せることにした。 社長辞任だからこれで私が経営に関わる事はないが、しかしうちはオーナー会社で、株式の所有権は全て私の資産管理会社にある。 だからまあ、株主が私であることには全く変わりはないわけだ。 つまり、社長を辞任しようとも、会社はうちの資産管理会社の支配下にあることには全く変わりはないということだ。 うちの資産管理会社が全ての株式を持ってる以上、新社長の任命権もこちらにあり、会社の経営は完全に私の支配下にあることには何ら変わりはないし、もし新社長にした幹部がこの後謀反を起こしたって、クビ切る権利はこっちにあるから安泰だ。 世間は私が辞任したことで、責任を取ったと見てくれる向きもあるだろう。 それで話がうやむやになってくれれば万々歳だ。 会社の方も、まあこの後、かなり社会的信用を落とし、売り上げが激減はするだろうが、どっちみち私の資産管理会社は、会社の利益から配当金を吸い上げられるからその辺の旨味は変わらない。 でそのうち、世間が忘れた頃に、新たに社長にした幹部のクビを切って、うちの親族を社長にすげ替えておけば、これで元通りだ。 もしこの後売り上げ大激減では済まず、社会的信用を完全に落として会社が倒産してしまったとしても、有限責任によって、株主である私が借金を背負う事はない。 だって会社と私の資産管理会社は別会社だからね。 別会社の借金を背負う事は無いから。 どんだけ大赤字だったとしてもね。 ただ会社の株式価値が消滅するだけで、うちの資産管理会社がその穴埋めをしなきゃいかん筋合いは全くないわけだ。 会社の借金を返せなかったら個人財産から払うっていう債務保証の契約も、会社と資産管理会社の間でしていないから、銀行から取り立てを食らうこともない。 何せ別会社なんだから。 フフフ、有限責任とはいいルールだよ。 おまけに会社の資産は、実は前に配当金という形でうちの資産管理会社にとっくに移してあるから、これまで儲けた金はまるまる私の資産管理会社の資産として残り、つまり会社の資産は結局一切取り立てられることなく、私の手元に残るというわけだ。 社長を辞任しようが、仮に会社が大赤字で倒産しようが、私個人の腹は痛くも痒くもないというわけだ。 おまけにうちのビジネスは個人相手の商売だから、被害実態がはっきりしないし、個人の損害も各々10万円未満のものがほとんどだから、わざわざ訴訟を起こして訴えられることも極めて少ない。 だいたいは泣き寝入りで終わってしまうケースの方が多い。 だからそっちの方もそれほど気にする事はないのだ。 そのうち問題がうやむやになり、みんな忘れてしまうだろう。 ただ法人同士の取引の場合はそういうわけにはいかない。 例えば不正な保険金の請求先は損害保険会社だ。 奴ら法人には、かなりちゃんとした弁護士が沢山付いているだろうから、今回の件で損害賠償請求されるのは必至だ。 この賠償請求は、仮にウチの会社が倒産した場合でも、私に賠償責任が発生してしまう可能性がある。 しかし、奴ら損保会社は、前にウチに出向していて、不正の実態を知らなかったはずはないのだ。 確実に知っていたのだ。 そのことの証拠を世間に公表すると脅せば、奴らも下手な損害賠償請求をしてくる事はないかもしれない。 全ては呉越同舟、一蓮托生なのだから。 だから会見では、わざと"損害保険会社は不正の実態を知らなかったはずだ"と取り敢えず庇っておいたのだ。 そして今後の奴らの出方次第で、こっちはこっちのカードを切るというわけだ。 恐れる事は何もない。 全てのルールが私を守ってくれているのだから。
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