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「結構しっかりはまり込んでいますね。なにか固いものを引っかけたほうが良いかな」
後半は独り言のように言って、彼はアタッシュケースを開けた。
そしてなにか工具のようなものを取り出し、それを差し込んで、ぱぱっとタイヤを救出してくれたのである。
「取れましたよ。少し痕がついてしまいましたが……すみません」
膝をついたところから果歩を見て、にこっと笑ってくれた彼。
果歩はかえって恐縮した。
「い、いえ、そんな! 本当にありがとうございます!」
確かにキャリーケースには擦れた痕が少しついていた。
お気に入りなのだから、惜しく思わないわけはないが、このままはまりこんだままになるよりずっと良いに決まっている。
「いえいえ、どういたしまして。お嬢さんのお靴がはまらなくて良かったですよ」
彼はもう一度、にこっと微笑んで、そう言った。
お嬢さん、なんて言われた上に靴の心配までされて果歩ははっきり、どきっとしてしまった。鼓動がとくとくと速くなる。
これほど優しく、親切にしてもらえるなんて思わなかった。
しかも知人なんて誰もいない、異国の地で。
純粋な嬉しさのほかに、感動まで湧いてくる。
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