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ストールはまるで生きているように、ふわりと舞い、あろうことか木に引っかかってしまう。
でもそう高いところではない。
果歩の手でも、伸ばせば届きそうなところ。
良かった、海に落ちてしまわなくて。
ポジティブに考えておくことにして、そちらへ向かいかけたけれど、果歩の足は止まってしまった。
ひょい、と木からピンクのストールを取り上げたひとがいる。
男性だった。
明るい水色の開襟シャツに、黒いズボンを穿いて、海辺なのだから、足元はサンダル。
目元にはサングラスをかけている。
短い黒髪に、すらっと背が高くて、180cm以上ありそうに見えた。
「Excuse me.Is this yours?」
その彼は果歩を見て、流暢な英語で尋ねてくる。
でも果歩はそれを聞いて、あれ、と思った。
そのやわらかな声としゃべり方に、聞き覚えのようなものを感じてしまったのだ。
ただ、すぐにはわからなかったので、ひとまずお礼を言おうと思って、少し急ぎ足で彼に近付いていった。
「い、Yes! Thanks……」
ちょっと焦ってしまったものの、もう滞在して四日なのだ。英語はすぐに口から出てきた。
しかし、果歩のそれを聞いてか、それとも近付いてきて容姿をはっきり見たからか。
彼から少し驚いたような空気が伝わってきた。
「……もしかして、早瀬さん?」
そして果歩こそ驚いたことに、彼は果歩の名字を口に出したのである。
びっくりした。
こんなところで名前を、しかも日本語で呼ばれるなんて。
でもすぐに理由を理解して、もっと驚いてしまった。
「偶然ですね」
すっとサングラスを取った、その顔立ちに、果歩は見覚えがあった。
だって、初日にごく近くで顔を合わせているのだから。
目を見張った、嬉しい驚きだという表情の彼は……。
「逢見さん!? え、ど、どうしてこちらに……」
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