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「キミに先に話させて卑怯な奴だけと僕も話すよ。キミにはバレバレで恥ずかしいけど、初めて会った時、結構精神衛生がよろしくなくて」
「??」
「反抗期、だよ」
恥ずかしそうにヨハネスは眉を下げて苦笑いをした。
「学術院に入ったのだって、社交を広げたり人脈を作るため。家業に恨みはないしそれでいいと思ってた」
アラステア王立学術院には将来有望な人材が集まることから、こういった目的で入学する貴族の子女たちがいることは知っていた。将来交友関係が広いに越したことはない。
「13くらいの頃かな。叔母上の店で手伝いを始めたんだ」
「!」
「美術品には触れてきたけど、似ているようで全く違くてかなり要領が得なくて。あの人厳しいでしょ?」
ヨハネスが家業の手伝いをしていることは知っていた。両親から聞いていたし、令嬢たちの間でサロンに顔を出していることも耳にしたことも多い。
しかしまさかあの店もその一つであるなんて。自分は常連と言われるほど通っていたが、店でヨハネスと遭遇した記憶はない。
「バイヤーの勉強してたのにさ、お眼鏡に適わなくて全然店頭に並べてくれないからイライラしてて。でもある日、僕の買い付けた品を気に入ってくれるお客さんがいたんだ。売り上げにはならなかったけど、それで少しずつ自信がついた。情報収集のやり方も変えて、軌道に乗ってるところに縁談が立ち上がった」
「バイヤーをやってたのは知りませんでした」
「叔母上から、縁談相手がお店の客と聞いていたのでバレないようにしてました」
「……」
「今もですけど、僕はあの店で貴族の女性たちに気に入ってもらえるような商品を置くことをしてきました。そのために踏み込んだ社交界は、まあ恐ろしいところで」
「そう、ですよね」
「僕は貴族間の地位や政略に興味なんてなかった。だからこそ、貴族の真似事をした家とこの縁談が気に食わなかったんだ」
初めて聞けた、ヨハネスの本音にピーアニーは感じていた違和感の正体がはっきりとしてきた。こちらに一切をのぞかせないようにする立ち居振る舞いや、うわべだけの社交辞令。自分はそれをされる”対象”だったのだ。
もっとはっきりと言えば”警戒”されていたのだ。
「決まったことは仕方ない。キミもそう思ってた?だからああいう時間を過ごしてた」
「……仰る通りです」
「なんてつまらないんだと思ったよ。でも、僕には知る由もなかったけどキミにもちゃんと思惑があって安心した」
「私はずっと、あなたに心を開いてもらえないことが不安でした」
「…………」
「世の中には私たちのような婚約期間もなく夫婦になる方が大勢います。必要最低限の関係を保つこともできます。でも私は、無関心になれるほど大人になれなかった」
できることなら、私は友人になってみたかった。好きな分野で活躍している同世代を、間近で知ることができたら、と。
「ごめんね。こんなに話してくれるとは思わなかった。フラれるつもりで来たからさ。お詫びの品として送ったものも、突き返されなくてよかった」
「あ……これ、やっぱりヨハネス様からだったんですね」
キャビネットの上に飾っておいた球体に目を向けると、立ち上がって取りに行った。ティーセットに混じって二人の間に置くと、コトンと台座のなった音が響いた。
「お詫びは結構です。でも、これはとてもうれしかった」
「それは……作った甲斐があったな」
「作った!?」
どこか遠くを見て作ったと言ったことに驚いてピーアニーは目を見開いた。
「前に図書館で会ったエトちゃん……金髪の先生いたでしょ?あの人、技術者なんだ」
「あの女性が……」
「台座の方は工房に作ってもらった。キミの好きなアンティークとはちょっと違うかもしれないけど……」
「……いいえ、これはいずれ必ずそういわれる品になります。日が浅いだけで正しく評価されないのは、私が悔しい」
「じつは、もう一つ言いたいことがあって」
手元の品に夢中で気づかなかったが、なんとなくヨハネスがせわしなく視線を泳がせていた。ピーアニーは婚約者の初めて見る表情に、柔らかいものに触れたような、胸がくすぐったいような気持ちになる。
「あの店でブロカントを仕入れていたのは僕です。未熟な自分を陰から支えてくれていたのはキミだった。キミが、あの店の中で『僕』をはじめに見つけてくれた。知るのがこんなに遅くなってしまった」
「え??」
静かに立ち上がったヨハネスが近づいてくると、ピーアニーの足元に跪いた。おどろいているとスッと左手が下からすくい上げられた。壊れ物を扱うかのように両手で持ち上げ、祈るように手の甲を額に近づけた。
「ずっとお礼が言いたかった。ありがとうございます。あなたがいなかったら、僕は心が折れていました」
「……っ」
頭を下げていたので表情は見えなかった。しかし両手は少し震えていて本当にらしくない。でもこれは嘘ではないのだ。今までこらえていた感情が溢れそうになって、目元が熱くなる。
「よき友人になりませんか?僕はあなたの力を貸してほしい時が必ず来る」
「……私でいいのですか?」
「心から許し合える他人同士が、友人で、たぶん夫婦にもなれるんじゃないかな」
顔を上げてくれたヨハネスは、困ったように笑って首を傾げた。つかまれてた左手に無意識にきゅっと力が入り、彼の指先を握るような形になった。頼りないつながりでも、少し暖かく感じた体温に安心して、決壊した。
涙をぬぐわないまま眉間に力が入ってしまうが、目をそらさずにぶつけた。
「ほ、他の女の子みたいに花嫁修業は身に入らないし、もっと……」
「はは、そうだったの?」
「もっと事業のお勉強だってしたいし、あなたと同じ目線でお話しできるようになりたい」
「うん。僕もキミと一緒に成長出来たら嬉しいなって思う」
「私、もっとあなたと将来の話がしたい」
「うん」
「好きな人と結婚できなくていいんですか?」
「きっと大丈夫だよ。尊敬し合える関係もいいなって、教えてくれた人たちがいるからね」
一緒にがんばろ、と彼は立ちあがると同時に、ピーアニーも立たせた。
「……ヨハンと呼んでもいいですか?」
「いいよ、ピーアニーは友達だからね」
「はい!」
初めて向き合った私たちは、言葉が足りていなかった。でもずっと前から互いの存在が、心のどこかで支えになっていた。私は未来を夢見る希望を、彼はこれから歩む未来の希望を。
「ねえ、ピーアニー?」
「なんですか?」
「今度僕にも手紙書いてくれる?」
「え、どうして……」
「なんか、リアン君だけもらってるのは、ズルいなって……トモダチとして」
「ふふ、たくさん書きますね」
貴族の家に生まれた以上、好きな人と結婚できる方が珍しい。
最初からわかっているからせめて、私たちは。
願わくば、幸せな未来を、認め合う人と歩めますように。
おわり
※スター特典
★1→★3→★4→★5 で3.5話分特典有
※借りてきた世界観↓
https://ncode.syosetu.com/n9898ig/
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