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「林檎が食べたい。」
僕が母の手を引き、たった一言そう言った。母はニコリと笑うとリンゴ100%と書かれたパックジュースを差し出した。
「もぅ、ほんとリンゴが好きなのね。」
パックに写った林檎の写真を指差し、僕は再び
「林檎が食べたい。」
と言った。母は大変困った表情を見せ、大きなため息をつくと僕を正座させた。
「いい?外に出ることは悪いことなの。」
「悪いこと?」
僕が尋ねると母はゆっくりと頷いてみせた。
「外には悪い気がそこら中を蔓延っているの。それを吸うと私達は悪魔の仲間になってしまうのよ。」
聞いたことがあるセリフだった。確か前にテレビで母が先生と崇拝する男が言ってたっけ。毎度外の話をすると母が言うお決まりのセリフだ。
「でも食べたい。」
今回は僕も引き下がらず、母に懇願し続けた。母はどうしてもダメだと首を縦に振らなかったが、あまりの僕の落胆にサッと2枚の紙切れを差し出した。
「しょうがないわね…これを使いましょ。」
それは先程の先生と呼ばれる男が悪魔から身を守るお守りとして外出時に持つよう推奨しているものだ。悪魔を信じない人たちは意味ないって言うけどね。
「これね、この前フリマアプリでたまたま見つけたのよ。10枚セットで5,000円よ。悪魔から守れるのなら安いわ。」
僕はそれを受け取り、久しぶりに外に出た。久しぶりの外はとても眩しかった。少し前は普通に通っていたあの道も今では懐かしい。家の前を彩っていたお向かいの花々は茶色く、小さくなっていた。
「さ、早く行くわよ。ほら、おまじないは?」
母がこう言うと僕は口の前で手を横に動かした。
スーパーまでは10分ほどだったがとても長く感じた。おまじないをかけた僕は話せない。話すと母に怒られる。だからこの10分間一言も話していない。それに加えて街には人がほとんどいなかった。それはそうだ、みんな悪魔の仲間になりたくない。
その長い10分を超えるとやっとスーパーに着いた。スーパーに着いてまずは聖水を体につける。これは外で触れた悪い気を…取り除く…グッ…マズイ…グゲッ…
「ゲホ!ゲホ!ゴフン!ゴフン!」
…気管に入った。つい咽せてしまった。
「キャァァァァ!!!」
「ウワァァァァァ!!!」
周りから大きな声が上がった。よく見ると僕は多くの人に2メートルほど空けて囲まれていた。そのうち1人がビシッと指を刺し一際大きな声で叫んだ。
「あ、悪魔だ…!悪魔の仲間だ!!!」
僕が否定する間も無く、それはドンドンと広がり僕は取り押さえられた。母に視線を送ると母も同じように取り押さえられているようだ。スーパーから連れられる僕らを見て多くの人がこう叫んだ。
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