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友達が誘ってくれること自体は単純に嬉しくはあるので、それは分かってもらいたい。だが、男と一緒に何かをするなんて、そんな気持ち悪いことは絶対にしたくない。女だけで遊びに行くというのなら、手を挙げてでも参加したいところだが。
「ほんと、男嫌いだね茉莉は。まあ、無理強いはしないけど。でもやっぱり、茉莉って、そっち系の趣味なんじゃないの?」
にやついた顔で茉莉の顔を覗き込む。茉莉は少し寂しそうな顔をしながら友達に視線を向けて「違う」と、言葉をぽつりとその場に落としたかのように呟いた。
男は気持ち悪くて嫌い。けれど、だからといって女が恋愛対象というわけではない。女に対して友情以上のものは感じないし、実際に同学年の女子から告白された時も、全く響くものがなかった。
きっと私は、男を好きになるのだろう。だが、それよりも先に気持ち悪さが勝ってしまうので、恋愛対象という視点で男を見ることが出来ないのだ。
中学時代から、友達が自分の側で好きな人について語った。〇〇君のことが好き。~なところが大好き。付き合うことになったんだ。別れちゃった、辛い。××君のことを好きになった。
心底。羨ましかった。
「あ、ごめん。ちょっと空気悪くなったね」
茉莉は、自分が楽しかった雰囲気を壊したと悟って、頭を下げた。三人は慌てて茉莉は悪くないと伝えて、からかった女子は何度も茉莉に向けて謝罪した。
「もういいって。そんなずっと机におでこ擦り付けてたら、おでこなくなって頭蓋骨飛び出してくるよ?」
「え、うそ。ねえ、どう。頭蓋骨出てる?」
「出るわけないじゃん、馬鹿かよ」
「茉莉ー!!」
どだばたと暴れ騒ぐ四人。廊下まで響くほどに騒音を巻き散らしている四人だが、日常の光景すぎて、クラスメイト達は慣れ切ってしまっていた。たまたま通りかかった教師に廊下から怒鳴られて、初めて四人の騒音は止むのである。
おとなしくなった四人は、一呼吸おいてそれぞれスマホの画面を開いた。各々スマホを開いた目的は違っているのだろうが、誰も友人の意図を気にはしない。もし自分がスマホを開く度に詮索されたら、どれだけ鬱陶しいだろう。
「――え? うそ、まじ!?」
唐突に、さっき茉莉をからかっていた明菜が叫んだ。丸くなったその目には、驚きの中に輝きを抱いているように見える。
「どしたん?」
「いや、今さ、由利から連絡があったんだけど、あの噂のイケメンの先輩が来てるんだって」
「「――それマ!?」」
「…………」
茉莉は当然のようにつまらない顔をしながらそっぽを向いていた。何か面白いことでもあったのかと期待したが、どうもつまらない話のようだ。
明菜が言っているイケメンの先輩については、茉莉も知ってはいる。背が高く、産まれつきなのか金髪で、常に冷静沈着。トップアイドルと並んでも引けを取らないその美貌もあって、非公式の彼のファンクラブには、女子在校生の約七割が加入している。噂によると、時折見せる見下したような冷たい眼差しで、何人もの女子たちを気絶させたことがあるとか。
そんなに女の子にモテモテなら、その彼は魔法使いとは無縁なのだろうな。先輩の話を聞いた時、そんなことを思いながら茉莉は鼻で笑った。
「今、食堂の前にいるんだって。ねえ、見に行こ!」
「「行く!」」
噂の先輩が登校して来たのは、実に二カ月ぶりだった。誰も彼が休んでいた理由は知らず、ファンクラブ会員の中でも熱狂的な女子たちは、ただただロスを嘆き、光を失った真っ暗な眼で、毎日俯きがちで学校生活を送っていた。
そんな中、何の前触れもなく彼が登校してきたのである。昼休みのこの時間まで見つからなかったというのもすごいが、それを遥かに上回る勢いで、現在食堂の前はすごいことになっている。学校とは別に食堂専用の建物が敷地内に置かれているのだが、そのおかげで校内の一部が女子の群れで埋め尽くされる事態は免れていた。外に出来た群がりは、茉莉たちの教室の窓から外を見ても視認できるほどに広がっているようだ。
「茉莉も行こ!」
明菜が、むすっとした顔の茉莉に手を伸ばす。
「行かない」
いつもの返答。予想通りの返答を受けた明菜は、そのまま予定通りの行動をした。茉莉の手を無理矢理掴んで、強制的に連れて行こうとしたのだ。
「――ちょっ。ほんとに嫌だって」
「分かってる。茉莉が男嫌いなのは分かってる。でも、だからって茉莉が恋愛に興味ないとは思えないもん。昔からの友達なんだから、茉莉がどんな時に寂しい顔をするのか気づいてるよ。女子がこんなに騒ぐほどのイケメンだよ?
男嫌いの茉莉でももしかしたら、ときめいちゃうかもしれないじゃん!」
面白半分で連れて行こうとしているのなら、断固拒否の姿勢を取るつもりでいた。だが、自分のことを想って考えてくれた結果なのであれば、無下に出来ようはずもなかった。
「……分かったよ。でも、気持ち悪くなったらすぐ教室戻るからね」
間もなく昼休みが終わる。女子たちは、そんなことを気にすることもなく廊下を駆けて行った。その噂の先輩と出会うことで何かが変わるのか、そんな大それたことは誰も思ってはいない。瑠奈と紗理奈は、イベントに参加するような気持でわくわくと、茉莉の手を握る明菜も友達と馬鹿騒ぎしたいがために。
連れられて行く茉莉も、本気で男嫌いが治るかもと期待してはいない。
茉莉は、刻々と流れる時の中。風を切りながら駆けて行く。
無意識に。自分の中の温もりが、導き手となったかのように。真っすぐ真っすぐ向かって行く。必然に、はたまた思惑通りに。二人は出会う。出会うべくして――今、出会うのである。
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