0人が本棚に入れています
本棚に追加
翌朝、凜は自室のベッドで目覚めた。寝ぼけ眼でスマートフォンを開くと『3月4日土曜日 5:05』の文字が無機質に表示された。
昨晩母が缶ビールを持ってきて、調子に乗って飲んだところまでの記憶はある。
しばらく二度寝できそうになかったので、高校生時代の写真を引っ張り出した。若く垢抜けない自分の写真を見ていると、小っ恥ずかしく、頬が熱を帯びてくる。
高校二年生の夏の吹奏楽コンクールで撮った集合写真が目に入る。フルートを胸の前に構えた凜の隣の、同じくフルートを構える男子。凜とちょうど頭一個分違うほどの長身、目が隠れる天然パーマの髪、鋭い八重歯と切長の目がどこか爬虫類を彷彿とさせる特徴的な顔。
「友達ではないなぁ、この人」
母に友達かと尋ねられ、友達と言い切れなかったこの男こそ、帰ってきた理由だった。
同じパートのただ一人の上級生、田中先輩。似ているアーティストからあだ名が付けられ、周りは米津と呼んでいた。部活の参加頻度こそ少なかったが、参加した合奏では早いパッセージを物ともせずこなし、周囲の注目を集めては「お邪魔しました」と消えてゆく。
天性のセンスだけで幽霊部員が許されているような彼が、凜は少し苦手だった。おかげで同じフルートパートであるにも関わらず、ほとんど教わった記憶はないし、練習中に話した記憶もない。
最初のコメントを投稿しよう!