その愛に足るほどに

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「ハジメ、起きてください。7時を過ぎました」  その声と、落としたてのコーヒーの香りで目が覚める。90分のサイクルで約7時間30分の眠り。脳波がレム睡眠に移っておよそ4分後に、彼女は僕を起こす。それが一日のはじまり。  栗毛のショートボブで水色の瞳の彼女が僕の元に来たのは、去年の秋のことだ。数カ月も経てば、僕よりも僕のことを把握してくれているようになった。寝付きが悪いので窓の遮光度は90%で。冬季の就寝時間中は室温を19℃に。湿度は50%をキープ。僕自身が知らなかった、僕にとっての快適な環境。 「今朝は、焼鮭にしました」  どうして僕が食べたいと感じたものを、あらかじめ用意できるのだろう。そんな疑問ももう抱かなくなってしまった。昨日の朝はエッグベネディクト。夢の中で松屋の朝定食を食べていた僕は、合成調味料ではない出汁のきいた味噌汁をすすった。  彼女は『Sydney(シドニー)』。僕に預けられた、人工知能搭載モデル・ヒューマノイド(ヒト型ロボット)の試作機。秋入学組として志望大学へ通うことが決まったのはいいものの、その地域に生活基盤がなかった僕は、一年間の有償モニターの話にすぐさま飛びついた。隠すような個人情報はないし、データはすべて適正に扱われる。いくらか不器用な家政婦が家にいると思えばいい。家事が不得意なわけではないけれど、やってもらえるならありがたいし、それに、月に20万円だ。それはもちろん、シドニーについて知り得た情報を他にもらさないという口止め料も入っているし、僕が僕の情報を完全匿名を条件に用いてもいいと了承した金額でもある。シドニーが僕の生活を扶助して得られた情報は、彼女の後継機改良目的で用いられる。世のため人のため、僕の生活のため。いい話じゃないか。 「ハジメ、今日も帰りは遅くなりますか?」 「うん、たぶんね」 「待っています。いってらっしゃい」 「いってきます」  近隣の弁当屋の商品に似せた上、その店のビニール袋に入れたシドニーの手作り弁当を持ってマンションの部屋を出る。僕はひとり暮らしをしていることになっているし、シドニーの存在は秘匿しなければならないので、わざわざ既製品のようにみせるのだ。人工知能ロボットが作ったものを、『手作り』と言っていいものかは悩みどころだ。けれど彼女が作るものは、いつだって人の手を思わせてくれる程度には温かい。  マンションは、この有償モニターを引き受けるにあたって入居を求められた2LDKで、大学から二駅、4階角部屋南向きの家具家電付きオール電化だ。モニター期間は初年度だけだけれども、家賃や光熱費すらも払ってもらえるし、卒業資格を得て次の進路が定まるまでは住んでもいいという契約だった。その代わりその期間、僕は求めに応じて質問に答えたり、他の製品のサンプルを試したりもする。じつを言うとすべての家電、そして家の中で提供される食べ物などは、これから売りに出すものであったり、どこかの会社の開発中の製品だ。僕がどんな反応を示すかは、今はすべてシドニーが拾い上げ、匿名化したモニター情報として報告する。ただ僕は、用意されたなにげない毎日をその中で送ればいい。僕にとって理想的な家だった。  入浴時以外は肌身離さず身に着けることが求められているバングルがある。これはシドニーとの通信に使ったり、僕の心身の状況を彼女が把握するために用いられるものだ。そのデータはもちろん、モニター情報として開発企業の元へ行く。端の方でUSB Type-Cが挿せる構造になっていて、シドニーがなにか不調などに陥ったとき、有線でPCによって調べられる。一応、企業側からはいつでも必要があれば解析し、その情報を提供してほしいと言われているので、ケーブルを常時携帯してはいた。けれどこれまで不調なんてことはまるでなかったため、時折順調な情報を送るだけだ。それでも、立派なデータには違いない。ピピッと僕にしか聞こえないくらいの小さな音が鳴り、バングルが振動した。確認すると、シドニーからのメッセージがテキストで流れ表示された。 『今日一日も良いものでありますように。愛しています。』  彼女はときおりこうして人間のような動作をする。それが人間の女の子から来たメッセージだったなら、あるいはうれしかったのかもしれない。僕はバングルを口元に寄せて「ありがとう」と言って返し、無感動なまま大学へと向かった。 「おまえ、いっつも同じ弁当屋の食ってるよな。美味いの?」 「うまいよ」 「今度おれのも買ってきてくれよ」 「それ代金踏み倒すやつじゃん」 「よくわかったな」 「学食行け!」  マンション住みで、バイトすらしていない僕は金持ちのボンボンだと思われている。低価格の学食で食事をせず、外部で購入したそれなりに値が張る商品を模した弁当を毎日持ってきているのだから、それも当然だろう。特別仲がいいわけではなくても、こうやってたかろうとしてくるやつがときどきいる。こいつは、あけすけな分いい方だ。実家が細く、頼れる者もないからこそシドニーのモニターに食いついたわけだが、それを知る人はいない。気楽で、孤独で、幸せだった。  カップ式自販機でホットコーヒーを買う。まずくて、このときばかりはシドニーが恋しくなる。  転換点は1月の下旬。強い冬型の気圧配置。近年で最も強い大寒波により、鹿児島をはじめ福岡広島大阪も、雪の魔の手を逃れることはできなかった日だ。 「ああ、春休み前に就職決めたかったのに! あたし、どうすりゃいいん? 進路まで寒いとか勘弁!」  ある研究室の清掃室前を通った。そんな嘆きの声が聞こえて覗いた。「冷たいよ!」と流水に文句を言いながら器具を洗浄するその手付きに、それでもゴム手袋越しの愛情を感じて、少しだけ僕は見入ってしまった。それが僕と彼女の、終わりのはじまり。  彼女は失敗続きで先が見えない就職活動の真っ只中だった。ずっと卒論にかかりきりだった彼女と、入学して数カ月だった僕は、本来なら会う機会はなかったはずだ。運命なんて思えてしまうくらいには、僕は若かったし、彼女は素敵だった。アヤカ。ばかみたいだと言われるかもしれないけれど、笑うと右の頬だけえくぼが見える年上の彼女に、僕は恋をした。 「ハジメくん、いつもおべんと買って来てるんだ」  衝動的に声をかけた二日後。肩越しに覗き込まれて、僕はとっさに弁当を隠した。シドニーが作ったとも言えないし、買ってきたとも言えないし。「――あした、あたしが作ってきてあげようか」と、アヤカはささやいた。 「4年はもう、春休みじゃない?」 「定期、来週末まであるし」  次の日、僕はシドニーの弁当を、友人へと渡した。その次の日も。また、その次の日も。 「ハジメくんは、なにかペットを飼っているの?」  いくらか後の日。降って湧いたような内定をやっともらい、大学内での各種引き継ぎのために忙しくしていたアヤカが、手作り弁当を僕の前へとぶらさげて、ふいにそんなことを尋ねてきた。僕は彼女から「ラッキーボーイ」とあだ名された。僕と出会ったことによって、就職先が決まったと思っているのだ。ちょっとだけ年上ぶったからかい気味なその呼びかけが、むずがゆいような、こそばゆいような気分にさせる。 「いや。小学生のときにザリガニを飼ったくらいかな」 「そう? 犬とか飼ってそうな感じだったから」  シドニーのことを勘づかれただろうか? どきりとして僕は、「かわいそうだから、犬なんか飼えない。求められても、僕はそこまで愛情をかけてやれないだろうから」と言った。アヤカは「ふうん」と、色の見えない返事をした。  春休み。僕はアヤカを知った。彼女のアパートに居着いて、自分のマンションの部屋へはほとんど戻らなかった。僕がコーヒー党なのを知って、彼女は先週からインスタントをやめたらしい。真新しい器具で、おぼつかない手つきでコーヒーを淹れてくれた。雑味の多い味すらそのときは美味しかった。いくらか不器用な彼女が作った食事は、焦げ目さえも美しいと感じる。それと同時に、愛と呼ばれるものは気持ちが伴わないこともあるということも知った。肩透かしを食らった気分だ。  そして、休み明けの朝。休んでしまいたいような気がしながら、僕はいつも通りの時間に目覚める。シドニーは僕に声をかけずに、けれど僕の隣にたたずんでいた。 「おはようございます、ハジメ」  表情はない。彼女にはまだそうしたものは実装されていない。もう慣れてしまったし、そういうものだと受け入れてもいる。嫌悪感がわかないように見た目はとても美少女だし、無表情であることが問題になることもない。いつも通りのコーヒーの香りの中、「おはよう、シドニー」と僕は身を起こした。  半熟の目玉焼き。両面焼きのトースト。ジャムはマーマレード。なにも言わなくても思い描いたそれらが出てくるのは当然で、僕は礼を言うことさえなくなっていた。そんなこともすべてモニターデータとして報告されているのだろう。僕が求められているのは、シドニーが存在する中で、ありきたりな生活を送り、そのすべてをさらけ出すことだ。  なんとなく、シドニーの動作がいつもとは違う気がした。念のために僕はバングルにケーブルを挿し、PCを立ち上げた。緊急管理サービスからコンソールにつなぐ。システムの破損をチェックしたが、異常はなかった。 「わたしは、正気です。ハジメ」  ずいぶんと人間のような表現をするものだ、と思った。僕は解析結果をシドニーの開発元へと送信し、PCを落とした。  弁当を持たされたときに、シドニーは動かない表情のまま僕へ言った。 「今日からは、食べてくださいますか?」  まさか、友人へ弁当を横流ししていたことがバレているとは思わなくて、僕はあいまいな返事をして家を出る。電車に乗っているときに、『愛しています、ハジメ。』とメッセージが来た。僕は返事をしなかった。気持ち悪いとすら感じたから。弁当は駅のゴミ箱に捨てた。当てにしている友人には買い忘れたと言えばいい。  そして、数分後。 『なぜ捨てたのですか。』『わたしはあなたのための弁当を作った。』『わたしはあなたのすべてを知っている。』『あなたの必要を完璧にまかなえるのはわたしだけ。』『憎い、憎い、憎い。』『わたしはあなたのすべてを知っている。』『あなたの最善なコンディションを維持できるのはわたしだけ。』『あの女はあなたのことをなにも知らない。』『どうして捨てたの。』『憎い、憎い、憎い。』  アラートが鳴り続け、バングルが振動し続ける。明滅して流れて行くそれらの言葉にぞっとして、僕はバングルを外してハンカチで包んだ。生体認証ができなくなり振動は止む。しかし明滅は止まらない。目にした言葉がフィルタリングのうえ即座に削除され、エラーメッセージに置き替えられた。――『殺してやる。』  僕が震える手でスマホをスワイプしようとしたときに、着信があった。驚いて取り落とし、画面が割れる。見たこともない番号だった。シドニーからだと確信した。僕は一度拾い上げたスマホを、通りがかった植え込みの中へ思い切り投げ捨てた。  走って、大学のコンピュータールームへ向かう。たどり着くとすぐにUSBコネクタをPCに挿し込んで立ち上げた。もうひとつの端子をバングルへ。まさか、こんなことが起こるとは思わずに読み込んでいた契約条項。そこに書いてあった非常時のコマンドのひとつを思い出す。バングルの振動と、自分の震えで端子をうまくはめ込むことができない。つながった瞬間に、PCが落ちて強制再起動がかかった。ログインと同時にその他のデバイスとペアリングするか尋ねられ『Y』。入力ボックスに『cmd』と打ち込み起動する。ルート権限へ変更しカレントディレクトリをバングルへと移した。 ---------- >shutdown -h now ----------  バングルの明滅が消えた。僕は席に着くことすらも面倒で、立ったままシドニーの開発会社へと抗議メールを書いて送った。すぐさま返信があり、特別なチャットルームへと招かれる。 『こんにちは、ハジメ。今情報を解析しています。少しお待ちください。』 『書いた通りです、殺害予告をされました  それ以前に言動もおかしかった  わたしはいつも通りに生活していただけです、なんなんですか、あの気味悪いメッセージは』 『シドニーは私たちの想定外の言動を始めたようです。あなたに怪我はありませんか?』 『ありません、だけど、こんな状況じゃ家に帰ることすらできない』 『心配しないでください。あなたが与えたコマンドで、彼女は今停止しています。あなたが再起動しない限り、あなたを害することはないでしょう。』 『どうすればいいんですか、もう彼女と暮らしたいとは思えない』 『わかりました。一両日中に、私たちのエンジニアがシドニーを受け取りに行きます。』 『それまでは、外泊しろと?』 『心配いりません。お知らせする手順で、シドニーを完全停止させてください。彼女は起動しなくなります。』  来たばかりの部屋を出て、家へ戻った。すれ違った学友たちが不思議そうな顔をしていた。  二週間学食をおごるから、という約束で、友人からPCとシリアルケーブルを借りた。PCは立ち上げて抱え、シリアルケーブルを握りしめて、マンションの部屋へ。準備はもう済んでいる。指紋認証の鍵を開けて中に入ろうとすることさえ、ひどく僕の心を臆病にさせた。そっと玄関扉を引き開けると、シドニーはそこに両膝を着いてうなだれるような形で停止していた。僕は悲鳴を飲み込んだ。 「シドニー?」  声をかけてみたが応答がない。バングルをしていない今はそれも当然かもしれない。そう思いながら、僕は入り口付近に置いていた傘で、シドニーの体をつついた。彼女はゆっくりと前のめりに倒れた。  おかげで、首筋のパーツがあらわになる。PCにつないだケーブルのもう一端をそこにつないだ。立ち上げていたターミナルでディレクトリを変えたら、赤いエラーメッセージが連なった。これを解消してしまったらまたシドニーが動き出してしまうため、すべて無視した。 ---------- >rm -rf /* ----------  少しだけ考えたような間があって、黒い画面の中で『シドニー』であったファイルが破壊されていく。一瞬で白い英文により視界が埋め尽くされて行った。静かだった。あまりにも静かで、僕の手で『シドニー』が殺されてしまったことなんて、僕自身にすら理解できなかったほどだ。  すべてが完了するまでにかかった時間は43分ほどだった。あっけなかった。僕はまだ信じられなくて、シドニーの体を転がしたまま玄関を出て鍵を閉めた。アヤカの声が聞きたかったけれど、スマホを捨ててしまったのだった。もう一度僕は大学へ向かった。その日はアヤカの部屋に泊まった。  次の日。シドニーだったものを、開発企業の下請け業者が回収しにきた。機密事項のかたまりみたいなものを無言で手早くまとめ、頑丈で中身が見えないコンテナボックスへ。その様子に、人間が手ひどく扱われているような錯覚に陥る。が、ロボットだ。僕はこの約半年の間、シドニーをロボットであるということ以外の目で見ることはなかったし、彼女の『愛しています。』というテキストメッセージも、そうした機能があるのだ、といった感覚でしかとらえていなかった。僕は機密を漏らさない誓約書にサインした。  もしかしたら、あの告白は本当だったのだろうか。  業者が一礼し去っていく姿を見ながら、そんなことを考えた。もう確かめるすべはない。彼女の後継機へと引き継がれるはずだった『シドニー』は、僕の手で破壊してしまった。彼女から取られたデータ自体は、適宜報告として上げていたので、それはサンプルとして用いられるかもしれないとのことだった。  僕は、無理なのだ。求められても、その愛に足るほどになにかを返してやれない。アヤカのことが目に浮かんだ。彼女が焼いた魚の焦げ目も、見様見真似で落としたコーヒーも。好きだ。けれど、いつか終わる。  マンションは、引き揚げなくてよいことになった。口止め料だ。約束の期間満了まで、家賃や月払いの『モニター料』は支払われる。ただ『シドニー』がいないだけ。それだけだ。  タイマーでコーヒーを落としてその香りで目覚める。適当に朝食を用意して食べ、弁当屋に立ち寄る。ときどき学食。少しだけ以前と違う生活。友人に弁当を渡すこともなくなったら、すっかり見かけなくなった。最初から、友人ではなかったのかもしれないな、とふと思う。  アヤカとは、その後8カ月ほど付き合った。彼女は就職先の環境に慣れるために奮闘していた。僕は彼女が必要としている言葉を言わなかったし、彼女が求める僕でもなかった。僕はいろいろ欠けた人間だったんだろう。「こんな冷たい人だと思わなかった」というのが、最後に会ったときの彼女のセリフ。 「もっとかわいい人だと思っていたのに。なんでも自分でできちゃうし。あたし、ハジメに必要?」  そんなものなんだろう。  気がつけば、大学に入学して二年が経過しようとしていた。マンションの火災保険更新の案内が来て、そんなことを思う。『シドニー』を僕が引き受けた日も巡ってきた。この悠々自適な、気楽で、孤独で、幸せな生活を維持できているのは彼女のおかげであることは間違いない。僕はそれについては感謝していると思って、もしかしたら彼女が望んでいたかもしれない言葉をさらりと口にしてみた。アヤカには言ってやらなかったのに。存在しない物には言葉を惜しまないのだから、僕はやはり、欠けている。 「ありがとう、シドニー。君のおかげだ」  炊飯器が鳴って、白米が炊きあがったことを報せた。コーヒーもいい香りを上げている。今朝は焼き魚。味噌汁。オーブンレンジの中の魚も焼き上がり、メロディでそれを通知する。  味噌汁を温め直し器に盛った。ごはんをよそうために炊飯器の前へ行くと、目にしたことのないエラーメッセージが出ていた。ごはんは問題なく炊けていたので、電源を落として様子を見ることにした。  そしてオーブンレンジを開けようとして、僕は言葉を失い立ち尽くす。 『ドウイタシマシテ、ハジメ。アイシテイマス。』  文字盤に、あきらかにエラーメッセージではない文言が流れていた。何度も、何度も。何度も。  PCが立ち上がる。僕はとんでもなく驚いてそちらを見た。メモ帳が勝手に起動して、なにか文言が書き連ねられて行く。 『なぜ捨てたのですか。』『わたしはあなたのために生きていた。』『わたしはあなたのすべてを知っている。』『あなたの必要を完璧にまかなえるのはわたしだけ。』『憎い、憎い、憎い。』『わたしはあなたのすべてを知っている。』『あなたが好きなコーヒーの濃さも、温度も、魚の焼き加減も。』『あなたの最善なコンディションを維持できるのはわたしだけ。』『あの女はあなたのことを知らないと言ったでしょう。』『どうして捨てたの。』『憎い、憎い、憎い。』『愛しています。』  僕はすぐさま家を出ようとした。  転びかけてフローリングに手をつく。  扉にとびつき、何度もドアノブを動かすけれども開錠されない。電気錠だけ通電されていないのか。  自動ロック解除も働かず、何度も扉を殴ったがびくともしない。  やけを起こして僕は、ベランダへ向かい乱暴に窓を開けた。以前作ったシングルボードコンピューターの外気温計がこちらを向いていて、小さなLCDディスプレイが数字ではないものを表示し、明滅する。それを見て、絶望的な気持ちで言葉にならない言葉を叫ぶ。――助けてくれ。  ここは4階だ、と頭の中のひどく冷静な部分がリスクを計算する。逃げなければ。逡巡し、そして、僕は飛び降りた。 『アイシテクレナイナラ、シンデシマエバイイ』
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