歳三の石田散薬

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どうやら勢い余ってしまったようだ。歳三は石に躓いて、派手にぶち転んだのだった。 膝小僧をしたたかに打った。 「ああ、痛え、ててて。こういう時こそ石田散薬、石田散薬、と」 膝小僧を手で押さえながら、自身が生まれた家を目指した。 水を用いて服する普通の薬とは違い、石田散薬は必ず熱燗の酒を用いて胃に流し込む。そうでなければ石田散薬は正しく作用しない。 さっそく熱燗の酒を用意した。一回分の服容量の石田散薬を口に含み、熱い酒で一息に飲み干した。 瞬く間に身体が熱くなってゆく。 そして強烈な酒の酔いが身体中を駆け巡る。身体が患部の痛みに鈍感となってゆく。 いやあ、いい気分だ。もうぜんぜん痛くもかゆくもねえや。 歳三は明日売る分の石田散薬を手に取って、そして思った。 石田散薬。こいつはちっとも効いていない。酒の酔いの力を借りて、すべてを絶妙かつ巧妙に誤魔化しているだけだ。だがそれを人の一生に例えるとしたなら、それはそれで悪かねえ。そういう生き方だってある。石田散薬、石田散薬、石田散薬、か。ちゃんちゃら可笑しくて、笑っちまうぜ。俺は石田散薬を売り歩く男だが、石田散薬のような人生は歩みたかねえや。俺はもっと違う、ぜんぜん別な生き方をしてやる。 俺は、本物のさむらいとなって、 堂々と、いさぎよく生きたい。 誤魔化しのない人生を生き抜いてやる。 百姓は夜更かしをしない。いや、百姓に限らずこの時代の人は夜更かしをしない。歳三は、日が沈むと同時に寝床に入った。瞬く間に眠りの底に落ちた。 幕末――ぎらぎらした若者たちの、他に類を見ぬ熱い時代。 動乱の日々は、間近に迫りつつあった。 了
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