歳三の石田散薬

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歳三が最近になって入門した江戸試衛館の道場主近藤周斎の養子である若先生の(いさみ)――後の新選組局長近藤勇――は暇さえあれば歴史書ばかりを読んでいる。若先生の勇は学者ぶった志士気取りの連中たちと天下国家の行く末を語るのが大好物だ。歳三は、若先生の勇のことは大好きだが、そんな勇がない知恵をしぼってどうにかお近づきになろうとして涙ぐましいばかりの努力を払う、近頃流行りの志士やら学者気取りの連中やらが大嫌いであった。歳三は連中の訳知り顔を見ただけで反吐が出る。まだ出会ってさえもないのに、歳三は学者気取りの伊東甲子太郎と山南敬助、そして軍学者気取りで新選組の中枢に胡座をかいて平隊士いじめを繰り返す武田観柳斎(たけだかんりゅうさい)とかいう胡散臭い詐欺師まがいの男が死ぬほど嫌いであった。くどいようだが、歳三は伊東甲子太郎にも山南敬助にも武田観柳斎にも、まだ出会ってさえいない。出会ってもいないし、その存在さえ知らないのだが、それでも先にあげた三人が嫌いであった。 嫌いな連中のことは、出会う前から嫌いだ。これが歳三という若者の、決定的なまでの性であった。この歳三の性によって、後に数多の者が死に至ることを、当の歳三はまだ知らない。 ともあれ、出来たばかりの木剣を上段に構え、一気に振り下ろしてみた。 風が、びゅんと鳴った。 ちょうど、いい具合だ。 歳三は、どれだけ陽の光を浴びようともちっとも日焼けしない白い顔を赤く上気させ、曰くありげに、にやりと笑った。 石田散薬がたっぷりつまった木箱を背中に負って、木剣を担いで走った。 早い。 歳三の足は、春の風のように軽やかで、そして早い。
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