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出会い
4月の夕暮れ、新生活の始まりにどこか足取りの浮かれた若者たちが、各々の自宅に戻るため次々とS駅に吸い込まれて行った。とうに桜は散ってしまい、木々は若葉を力一杯夕焼け空に向けて揺らしている。
大きなスーツケースに画材を詰め込んだ私は、都外からはるばる1時間かけてS駅に到着した。そして、改札を出てすぐのところでいちゃついていた学生カップルを一瞥した。
彼らは私の視線に気がつかなかったようで、そのままべたべたと体を触れ合っていた。
ああ、むかつく。彼らの幸せなことと、私の不幸せなことは、一切関係がない。
そうはわかっているのだけれど、どうしても心には醜い嫉妬の渦が浮かび上がってしまう。私は地面に張り付いた汚い桜の花びらをを強く踏みつけた。
また今年も、私は大学生になることができなかった。しかも、2つある試験のうちの一次試験で落ちた。
今年で4浪目の私に、もういい加減諦めたら、とバイト先の同僚である金原は言った。けれど、私は受験生を続けることにした。
今日は予備校の新学期が始まる日で、私は約1ヶ月ぶりにS区にやってきた。昔から諦めの悪いたちだった私は、すっかり受験のやめ時を失っていた。
ぐるぐると色々ないやなことを考えているうちに、頭が痛くなってきた。脳みそがぎゅいんと音を立てるのが聞こえてくるような気さえした。
いつもそうだ。ストレスを感じると私の頭はすぐにオーバーヒートして、そのまま暴走してしまう。
肩にかけていた安物の黒いエナメルバッグからピルケースを取り出して、白いタネみたいな錠剤を一粒取り出した。そして近所のスーパーで買った、激安の緑茶で薬を胃に落とし込んだ。
安定剤が効くまで約15分。歩道と車道の間から真っ直ぐに伸びている防護柵に体を預けて、私はため息をついた。
――ああ、藤田とセックスがしたい。彼に抱かれている間だけ私は私でなくなって、何も辛いことのないただのケダモノになれる。
彼は病院で出される安定剤なんかよりもよっぽど即効性の高い、私の鎮痛剤だった。
目を閉じて、先日の逢瀬を回想する。
私が家に着くなり、彼はすぐに玄関の鍵を閉めた。そしてそのままドアに私を押し付けて、無理やりに唇を奪われた。靴を脱ぐ暇ももらえなかった。
彼はとてもキスがうまくて、あっという間に私の全身はへたり込んでしまった。
「美咲、しゃぶれよ」
彼は私の名前を呼んだ。そして、強引に私の口をこじ開けて、自らのモノをねじ込んだ。そしてそのまま躊躇なく、喉の最奥地に先端をぐりぐりと擦り付けた。
私が苦しさのあまりうめき声を上げると、口内の彼は何度もどくんと脈打った。
しつこいピストン運動に、うまく息ができなくて涙が溢れた。彼はそんな私を見下ろしながら、満足そうに笑っていた。
そして私たちは、玄関でセックスをした。薄いドアの先に声が漏れないように、彼は私の口に指を突っ込んだままバックで私を犯した。
たまらなく気持ちのいいセックスだった。
初めて出会ってから3年、私は彼に全てを捧げた。彼が望めば、膣以外での性行為にだって応じた。
彼の横顔は、とてもきれいだ。私は彼の尖った鼻先と少し厚ぼったい柔らかな唇が好きで、事後に隣で眠る彼の輪郭を、指先で空になぞったりしていた。
彼は一度たりとも私を愛したことなどなかった。
モノみたいに私のことを扱った。私が愛想をつかさないよう、適度に飴を与えながら。
それがわかっていても、私は彼のことが好きだった。
初めは彼の顔が好きだった。そのうちに、彼の手も足も髪の毛も、全てが愛おしく思えるようになっていた。
そして私は藤田がいなければ生きていけない体になってしまったのだ。
行きずりの男と寝たことは何度もあるけれど、藤田とのセックスに勝ることは一度もなかった。
どんなに丁寧な愛撫をされても、藤田の乱暴な、思いやりのかけらもない自己中心的なセックスには叶わなかった。
そんなことを考えているうちに、ようやく薬が効いてきて頭がすっと楽になった。
予備校の最寄り駅はS駅ではないけれど、私鉄に乗り換えると電車賃がかさむので、一駅分歩くことにしている。
私はガードレールから腰を上げると、私は再び予備校に向かって歩き出した。
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