甘酸っぱい

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「どうしたの、美咲さん。苦しいの?」  こちらを見つめる中村をこれ以上心配させたくはなくて、私は無理やり口角を上げて「大丈夫」と呟いた。  藤田のことも、私の心のことも彼には知られたくなかった。 「大丈夫じゃないでしょ。おちついて、ゆっくり深呼吸してごらん」  吸って、吐いて、という中村の優しい声に合わせて、ゆっくり呼吸を整える。  彼の声は不思議だ。聞いていると、だんだんと気持ちが落ち着いてきてすっかり安心してしまう。 「よかった、だいぶ顔色が良くなったね」  彼はほっとしたような顔で言った。  そして、私の頭をそっと撫でた。触れるか触れないかの、やさしい撫で方だった。 「ごめん。なんか、かわいくて」  ――かわいい? 私が?  私は混乱した。“かっこいい”とはよく言われるけれど、“かわいい”なんて言われた記憶はほとんどない。 「何が? 私なんてどこもかわいく……」 「美咲さんは、かわいいよ」  私の言葉に被せて、彼は微笑んだ。  顔が熱くなっていくのを感じる。中村に撫でられた、かわいいと言われた。たったそれだけのことなのに…… 「赤くなった。やっぱりかわいいね」  いつもの変人中村とは、違う。愛おしい人に向けるような、熱っぽい表情。やわらかく細められた目元。  もしかして、こいつは私のことが――  ――そして、私もこいつのことが  中村も私も黙ってお互いを見つめあっていた。  しばらく流れた微妙に気まずい沈黙は、大量の料理を運んで来たウェイターによって破られた。 「ゆっくりお召し上がりください」  たくさんの皿をテーブルに並べ、ウェイターは去っていった。さっきまでのどろりとした熱い雰囲気はいつのまにかどこかへ消え去っていた。 「いただきます」  ふたりで声を合わせると、中村はピザトーストに齧り付いた。サクサクという咀嚼音が聞こえてくる。  私も、トーストに齧り付いた。  甘くて、しっとり。こんがり焼けたきつね色のトーストは、家で適当に焼いた食パンとは天と地ほどに味が違っていた。  私は食べるのが遅いので、私がトーストとサラダを食べ終わるのとほぼ同時に、中村はピザトーストとナポリタンを完食した。  いつのまにか食後のデザートが運ばれてきて、私の前に置かれた。  甘いものは女、という遅れた常識がこの店ではいまだにまかり通っているらしい。  はい、と中村にパフェを渡すと彼は器を私との間に置いた。 「一緒に食べよ」  そう言うと彼はスプーンを私に差し出した。  「え?」と私が固まっていると、彼も困った顔をして「もしかして甘いもの嫌い?」と尋ねた。 「いや、好きだけど……」 「じゃあ食べよう?」  そして私たちは、ふたりでパフェをつついた。分の1にカットされたいちごは甘酸っぱくて、私と中村の間に流れている時間みたいだった。  このちょっと青春らしい時間に、今だけは酔いしれていたかった。  大好きな藤田にも邪魔をされたくない。そう思えるほどに。
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