115人が本棚に入れています
本棚に追加
絡んだ指先
中村と喫茶店でお茶をした後、2週間ほど藤田からはなんの連絡もなかった。
突然の音信不通。こんなことはもう慣れっこだ。
はじめて会った日のライブはお客がほとんど入っていなかったけれど、今では結構人がはいっているらしい。
ベッドに寝転びながら彼のSNSを覗き見ると、そこには“遠征中”の文字があった。
どうやら彼は、今西の方で数日に渡るライブ兼旅行の最中のようだ。
しばらくスクロールしていると、格好つけた仲間との写真が「オフショットです」との文言とともに載せてあるのが目に入った。
「はは、全然普段と違うじゃん」
そのやけにイケメン風な写真を見て、私は乾いた笑い声を漏らした。
素の藤田は、こんなにクールな人物ではない。確かに冷たいところはあるけれど、意外と間の抜けた顔をしている時も多い。
寝ているときなんて、すごく穏やかな顔をしている。
もちろん、セックスのときの藤田は別人のように雄々しいけれど。
携帯の画面を落として、ベッドに放り投げる。そのままぼうっと天井を見上げながら、今日の出来事を思い出した。
「あれ、美咲さんもお腹空いたの?」
予備校のすぐ脇にあるコンビニで適当に食べ物を見繕っていると、すぐ後ろからいつもの声が聞こえてきた。
「何その量」
夜の人のいない店内で、私の素っ頓狂な声が響いた。
作業用のつなぎ姿のままコンビニに来たらしい彼の持つ買い物かごの中には、10個以上のおにぎりが放り込まれていたのだ。
「おにぎりだけど……」
中村は「なにかおかしいですか?」というような顔でこちらを見ている。
「全部今日たべるの?」
「うん、前菜だよ。メインディッシュはまたあとで買いにくる」
内心「前菜とかいう量じゃないだろ」と思ったけれど、子犬みたいにきょとんとした目をこちらに向けられたので口にしなかった。
「そういえば中村っていつも夕食はコンビニ弁当だよね。親が忙しいとか?」
ふと店内の蛍光灯に、羽虫が数匹集っているのが目に入った。
くにゃくにゃと歪んだ縁を描くように飛んでいるそれは、なんだか哀れに思えた。
「うち、母さんいないし、父さんも飲んだくれてるからさ。兄さんはもう実家を出ていないしね。俺、料理苦手なんだ」
ふうん、と私はわざと興味なさげに返答をしてこの話を終わらせた。彼があまり聞いてほしくなさそうな顔をしていたからだ。
明るい中村にも、いろいろな事情があるらしい。
私は目の前にあったカップのシーザーサラダを手に取って、中村とレジに向かった。
彼は「この間のお礼」と言って、私のサラダも一緒に会計をしてくれた。
予備校のロビーに座って、中村と一緒に食事をとった。彼はおにぎりを12個も買っていた。
「あんた、そんなに細っこい体のどこにその量のおにぎりが入るわけ?」
彼は私の手を取って「ここだよ」と言いながら自分の腹を触らせた。細いと思っていたけれど、意外に腹筋がついていて驚いた。
「美咲さんこそ、細すぎて心配になるよ。ちゃんと食べてるの?」
彼は最後のおにぎりを食べ終えて、ゴミをまとめながら私に質問した。
「食べてるよ、だいたい毎日一食だけど」
「ええ! 人間って1日一食で動けるの!?」
彼は本当に驚いたようで、ばっちりと目を丸くしていた。
「あんたが食べすぎなだけでしょ」
私の言葉に彼は「そうかなぁ」と呟いた。その顔はなぜか少し嬉しそうだった。
それから私たちはゴミを捨ててから、エレベーターに乗って教室のある8階へと向かった。
2人並んだエレベーターの中で、中村の手が触れた。彼に触れると、なぜだか体がびくりと反応してしまう。
彼はそんな私を意味ありげな視線で見やると、そのまま軽く指を絡ませた。
指の骨の感触が手のひらに伝わって、私はどきっとした。彼はこちらを見ないまま、顔の色ひとつ変えずに私の手を弄んでいた。
ーーここまで回想したところで、瞼が重くなってきた。明日も中村は、予備校に来るだろうか。そうしたら、どんな話をしよう。
もう、私の瞼と瞼はすっかり仲良しになってしまって、すっかり目が開かなくなってしまった。
そのまま私はじんわりと、夢の世界に落ちていった。
最初のコメントを投稿しよう!