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ーーそう思ったのに。私はそれ以上何もできなくなってしまった。また、私は泣いていた。
だって、中村が、ひどく悲しそうな顔を浮かべていたから。
「やっぱり、美咲さんは優しいんだね」
彼が腕を伸ばして、私の頬を優しく撫でた。そして、次から次へと溢れる私の涙を、親指で拭う。
「なんで、優しいなんて言うの。私最低だよ、無理やりこんなことしようとするなんて」
私は自分の太ももを思い切り殴った。こんな自分が嫌だった。自分を殴り殺してやりたかった。もう1度拳を振り上げると、中村が起き上がって私の右手首を掴んだ。
「やめて。美咲さんが傷つくのは嫌だ。殴るなら、俺のこと殴ってよ。俺は丈夫だから、平気だよ」
ーーそんなこと、できるわけないでしょ。私の言葉に彼は「ほら、美咲さんは優しいよ」と呟いた。
「俺のこと,傷つけられなかったんでしょ? さっきあのままヤっちゃうことだってできたのに、あなたはそれをしなかった」
全身の力が抜けて、私は床にへたり込んでしまった。そして、わあわあと馬鹿みたいに泣いた。
ーー優しくしないでよ、中村。そう叫ぶように私は泣いた。床に伏せた私を彼は覆い被さるようにして抱きしめた。中村の体は暖かくて、少し骨っぽくて硬かった。彼の肋が私の肩甲骨とぶつかった。
「馬鹿、優しくしないでよ。これ以上優しくされたら私……」
中村の声が、すぐ耳元から降ってくる。
「いいよ,全部俺が受け止めるから。あなたのことも、あなたの抱えているものも全部」
私は袖で自分の涙を拭った。化粧はきっとぐちゃぐちゃになっているだろう。ファンデーションが黒いシフォンの袖にへばりついて浮いていた。
私は鼻をぐずぐず鳴らして、うめき声を漏らしながら泣いた。私が泣き止むまで、中村はずっと私を抱きしめていた。
外の雨は変わらずで、私の嗚咽と雨音、中村の大丈夫の言葉。その3つだけが、この世界の全てに思えた。
「中村ぁ……」
私はひどく情けない声で、何度も彼の名前を呼んだ。その度に彼は「うん」と優しい声音で答えてくれた。
「ごめんね、こんな情けない大人で。私のこと嫌いになってよ、ねえ」
私の最後の懇願にも、彼は答えなかった。
「嫌いになんて、ならないよ。どんなあなたでも、俺は美咲さんのことが好き」
馬鹿な男子高校生と、ずるい大人な私。そのことをお互いにわかっていながら2人寄り添っている私たちはひどく愚かだ。
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