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藤田
藤田に出会ったのは、私がまだ高校3年生の時だった。
しかし、その日の私はまともではなかった。
大学の合格発表があって、そこに私の番号はなかったのだ。
「あれだけ頑張ったのに」
1時試験を見事にパスした私はすっかり調子に乗っていた。誰かに自慢したりということはなかったけれど、自分は絶対に合格すると何の根拠もなく信じ切っていた。
なのに、この様だった。
周りでは飛び跳ねながら合格を喜んでいる者、不合格に涙を流している者、合格か不合格はよくわからないが奇声を発しているものなどさまざまな人間たちの感情が入り混じっていた。
カオスな雰囲気に呑まれた私は当然、気分が悪くなった。
やりきれない悔しさでいっぱいになった私は、そのままG大の門を飛び出して、あてもなく電車に飛び乗った。
適当に幾つかの電車に乗っては降りてを繰り返した末、最終的に辿り着いたのがK駅だった。
その日は、3月という季節にふさわしくないような、どんよりとした曇り空だった。
その街はさまざまな人種が入り混じっていたけれど、だいたい皆サブカルくさかった。当時の私は、そういった類のいわゆる「私みんなとはちょっと違うんだよね」系の人間を毛嫌いしていた。
今思うと、同族嫌悪なのだけれど。
辺りを歩く量産サブカル人間たちを内心見下しながら、私はK駅の前を歩いていた。そして不合格のイライラを、心の中で彼らにぶつけた。
厚底ブーツで地面を踏み鳴らすようにして歩いた。気分はまるで怪獣だった。ドスドスと地面を揺らして、そのまま世界中を破壊し尽くしてしまいたい。そんな気分だった。
「ライブハウス、どう?」
不意に前に立ちはだかった黒いパーカーの長身な男は、そう言って私にチラシを押し付けてきた。
フードをかぶっていたから、顔には薄暗い影が落ちていた。そのうえ、前髪が長かったから顔立ちははっきりとわからなかったけれど、顔の中心から飛び出すような三角に尖った鼻先が印象に残った。
私は「興味ないんで」と言って無理やり渡されたチラシを乱雑に突っ返した。このくらい無愛想な態度を取れば、次の通行人のところへ行くだろうと思ったからだ。
しかし、その男は立ち去らなかった。
「君かわいいから、チケットもあげるよ。せっかくだからさ、来て。2時間後の20時にスタートだから」
そういうと彼は、ゆっくりとフードをとった。いわゆるバンドマンといった風貌の、整った顔をしていた。でも、若干サカナみたいな顔をしていた。
耳にはじゃらじゃらとたくさんのピアスをぶら下げていて、首元にはマリア様の刺青が彫ってあった。彼の容姿を一言で表すならば、色白メンヘラバンドマンという言葉がぴったりだと思った。
私は彼の、完璧なイケメンではないという部分に強く心惹かれた。
全てが完全であるというのは、面白みがない、無個性であるとも言える。サカナ顔という、僅かな残念ポイントがかえって好印象に働いたのだ。
「俺、藤田英っていうんだ。2つめのバンドのとこに書いてある、フジタってのが俺ね。絶対来てよ、待ってるから。じゃ、またね」
そういうとその男、藤田は手をひらひらと振りながら再びビラ配りに戻って行った。
ライブハウスなんて微塵も興味がなかったけれど、行くところなんてどこでも良かった。ただ、現実から逃れたいだけ。
大学に落ちた私のことなんて誰も知らない、そんな場所に行きたかった。
フジタ、という名前の横にはVo.Gtの文字があった。どうやら彼は、ギターを弾きながら歌うらしい。
音楽のことなんてよくわからないけれど、ずいぶん器用な男だなと思った。
「つまらなかったらすぐに帰ってしまえばいい」
そんな思いで私は、コンビニで刷られたであろう安っぽいモノクロ印刷のチラシを眺めた。
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