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いわゆる地雷系と言われるきつい化粧をしていると男受けが悪いという意見を聞くが、実は少し間違っていると思う。
彼女が欲しいタイプの男には確かにモテないけれど、ただヤりたいだけの“ヤリチンくん”は結構寄ってきたりするのだ。
こういう化粧をしている子は、私を含め高確率でメンタルを患っている者が多い。そしてそういう子は、だいたい依存癖があって優しくされると簡単に股を開いてしまう。
もちろん全員がそうだとは思わないし、あくまで私の経験則だけれど。
「今日さ、ちょっと寄り道しない?」
そう言うと彼は、少し口角を上げて笑い、何も持っていない方の左手で喫茶店の方を指差した。
そこは昔ながらのなかなかおしゃれな喫茶店で、私も行ってみたいと思っていた店だった。
「今日は無理」
本当は行きたかったけれど、私はその誘いを断った。今日は、藤田との約束があったからだ。
約束とは言っても一方的にLINEで呼び付けられただけ、だけれど。
中村は「そっか……もっと話したかったんだけど」と言って、あからさまにしょぼくれた。垂れた耳と尻尾が見えたような気さえした。
しゅん、と頭の上に書いてあるみたいな中村を見ていると、何だか申し訳のない気分になってきた。どうやら彼はよっぽど私と話したかったらしい。
私と話して何が楽しいのかはよくわからないけれども。
「明日ならいいけど」
私の言葉に、彼は目をぱちくりさせてこちらを見た。そして先ほどまで項垂れていたのが嘘のようにぴんと胸を張って、目を輝かせた。
「約束だからね」
もともと彼は表情が豊かだけれど、こんなに嬉しそうな顔は初めて見た。そこまで嬉しそうにされると、何だかこちらまで嬉しくなってしまう。
中村は、私がダメな女だということを知らない。
私は精神的にも肉体的に藤田に依存している。
もし私が藤田の腕の中で赤子みたいな顔をして眠っていることを、彼の下で無様に抱かれていることを知ったら、彼は私に幻滅するのだろうか。
私は、彼にそのことを絶対に知られたくないと思った。誰にも知られたくないけれど、特に彼には知られたくなかった。
もしこのことがバレたら、彼の中にある“かっこいい美咲さん”は崩壊して、きっと彼は私から離れていくだろう。そのことが、たまらなくこわかった。
なぜ彼に嫌われるのが怖いのか、私はわからなかった。1ヶ月間毎日のように顔を合わせていたから、情が湧いてしまったのだろうか。
その答えが出ないまま、S駅に到着してしまった。
「じゃあね、すぐ連絡するから。また明日」
私がホームに降り切るまで、彼は階段の上から手を振っていた。その顔は少しだけ寂しそうだった。中村は本当に犬みたいなやつだと思った。
私はその足で、藤田の家へと向かった。
そのことを知らない中村は、きっといつも通りの夜を過ごすのだろうな、と考えながら。
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