愛の形

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* * * 「社長、社長!!」  (けん)のある女性の声が室内に響いた。大きなテーブルの片側に座っている女性が、正面に座る大柄の男性に詰め寄った。 「『失敗』として処理、しても構いませんよね」  白シャツに、タイトなスカートに黒縁メガネの女性。睨み付けるような目線は、冷徹な女教師をイメージさせた。  一方、男性は五十代半ば。白い半そでシャツから覗く太い腕は小麦色に焼けている。年齢よりも若く見える彼は、社長と呼ばれるには風貌がラフだ。 「この状況を見れば、成功とはいえんだろ」  男性は、壁に掛かる大型ディスプレイに視線を向けた。  テーブルの上に置かれたノート型パソコンの画面を投影していた。画面には、男性が自室でパソコンを振り下ろすシーンが映っていた。画面は静止した状態だ。 「わが社、愛AI(アイアイ)コーポレーションの宣伝文句をおっしゃってください。社長が作られた、あれです」  黒縁のメガネを中指でグッと上げた女性は、刺すような視線を向けた。 「皆さまの出会いを、人工知能であらかじめシミュレーション。その通りに行動いただくことで、カップル成立の確率が各段にアップ……で、合っていたかなぁ」  女性の気迫に押されて、語尾が小声になっていく。 「そろそろ、引退された方が、いいのではないでしょうか?」  唐突な提案に、男性が目と口を丸くした。 「お、俺に社長をやめろと? そんなぁ……」 「違います! コーディネーターの仕事を引退して、社長業に専念してくださいと進言しているのです」  男性はしょげた表情で下を向いた。 「社長の仕事って、退屈なんだよ」  唇を尖らせてすねた表情の男性に対し、女性は「重々、承知かと思いますが」と前置きして話しを続けた。 「わが社のサービスは、交際相手を探すマッチングサービス。まず、プロフィールから相性が良い二人を選択します。続いて、二人の容姿や性格から人工知能アバターを作成して、出会いをシミュレーションする。これが他社との差別化ポイント。クライアントに結果を伝え、その通りに行動してもらいます。これにより、交際につながる確率が各段にアップします」  社長が作ったビジネスモデルだ。  男性は「分かってるよ」と言おうとしたが、やめた。 「他のコーディネーターの平均的な成功率は60%。社長は5%を切っています。十倍以上の差があります。十倍!」  男性は「ぐぬっ」と喉を鳴らした。 「それにしても、どんな思考をすれば、今回みたいな場面設定を思い付くのですか? AI彼氏に恋をする女性なんて」 「事前アンケートで、男性はゲームが趣味、女性はアイドルが好きとあった。両者、ウィンウィンな出会いじゃないか?」 「AI彼氏はコンピューター上のアバターではなく、実在していた……これじゃあ、ストーカーじゃないですか!」  女性は唇を震わせて、机を平手で叩いた。  男性はその音に驚き、ビクッと背筋を伸ばした。
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