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「男性は怒りっぽい性格、女性には他人に依存する傾向がある。それが分かったのは収穫かと……」
「そんなことは、事前の性格診断で分かることです。私が聞きたいのは、どんな思考をすれば、こんな異常な場面設定を思い付くのか、ということです!」
男性は、大型ディスプレイを一瞥してから、オドオドした様子で女性に視線を向けた。
「妻の出会いを参考にした」
「それは、いつです?」
「三十年ほど前かな」
女性はあきれ顔で「で、どんな出会いだったんですか?」と尋ね返した。
「コーヒーショップでアルバイトをしていた妻に一目ぼれをした。様々な手を使って、住所を調べてアプローチ。あとをつけたり、家の近くをうろついたり。最終的には、私の思いが届いて交際につながった」
「そんな手段でうまくいくのは、あなたの奥様が特別だったからです。一般的に通用する方法じゃ、あ・り・ま・せ・ん!!」
男性は「そんなぁ」と消え入る声で言ったあと、黙ってうつむいてしまう。
「営業部長として申し上げているんです。他社が、さまざまな手を打ってきている中、成功率こそが、わが社の生命線。お分かりですよね!」
部下である女性に詰め寄られ、社長である男性は肩をすくめて、うなづくしか無かった。
「……じゃあ、君ならどんな場面設定をするのか、参考に教えてくれないか? 君は私よりだいぶ若い。ことし、三十歳――」
「二十九です! 二十九!! 年齢を聞くのは、今の時代、ご法度。訴訟されますよ!」
「すまない……で、いい案はあるかね? ちなみに君は、交際している相手とかいるのかな?」
「その質問もNG! まったく……私は、仕事が彼氏みたいなものだから、一人でいいんです」
そういう女性こそ、わが社のサービスを使ってもらいたい……と、男性は思ったのだが、反論を恐れて言えない。
会話が自分への質問に変わったことで、女性の怒りは次第に収まっていく。
「そうですね。私なら……一人で温泉地に旅行して、旅先で偶然出会ってみたいな、そんな感じがいいです。偶然、同じ人と何度も顔を合わせるんです。そして、次第に打ち解けて、みたいな」
「ロマンチストだなあ」
男性がニンマリすると、表情を崩していた女性の顔が一気に引きしまる。
「例えです!! 例え!!」
「では、次の場面設定では、君の提案を使ってみるよ」
女性は溜息をついて、やれやれといった感じで両手を上げた。
「で、今回のシミュレーション結果をクライアントに伝えてよろしいですか?」
「いや、今回は報告なしで処理してもらえないか?」
「契約上、報告義務がありますけど」
「失敗しましたなんて、言えないだろう。もう一回、もう一回だけチャンスをくれ。次は絶対にうまくいく」
男性は、テーブルに両手をついて頭を深く下げた。
「全く! 今回だけですよ。シミュレーションを走らせるとコストが掛かるのは、ご存知ですよね。ちゃんと料金を回収しないと、赤字になります」
男性は「へへへ」と引きつった笑みを浮かべた。そして、ノート型パソコンのキーボードを操作して、設定を入力し始めた。
(了)
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